涌宝会大会
来月5月26日(土)矢来能楽堂にて、私のお弟子さん達の発表会「涌宝会大会」を催し、日頃の稽古の成果を披露します。
10時開演、会員全員の連吟『鶴亀』(無本)を皮切りに他、舞囃子11番、素謡・仕舞・独吟など。
歴史の浅い会で、お弟子さんも初心者が多いのですが、皆さん少しずつ、発表会という物にも慣れて来たようです。
舞台で自分を表現することに、だんだん気持ち良くなってくるころでしょうか(?)
素謡『三笑(さんしょう)』は、金重瑞夫さんの喜寿の記念披露。シテの金重さん以外全て玄人で固め(ツレ 和久荘太郎・澤田宏司、地謡 辰巳満次郎・水上優・和久荘太郎・澤田宏司)、特別なこととて全員「裃(かみしも)」を着て勤めます。
小学一年生の尾澤征哉くんが仕舞『鶴亀』で初舞台。幼稚園の時に、自分からお能を稽古したいと言い出した子で、大変楽しみです。
以下は私事ですので、聞き流して下さい。
娘の八重子(幼稚園年少)が、独吟『絃上』で初舞台。お父さんは心配です。
息子・凜太郎(幼稚園年長)は、仕舞『西王母』。父の厳しい稽古に耐えられるでしょうか。
会のトメに、舞囃子『邯鄲』を「盤渉(ばんしき)の小書付き(特殊演出)で、不肖私が勤めさせていただきます。
昨年の当会で、舞囃子『唐船』を「盤渉」で勤めました折には、笛を森田流の栗林祐輔師にお願いしましたが、今回の『邯鄲』は、藤田流の竹市学(たけいち・まなぶ)師にお願いしました。
藤田流は、古くは尾張藩お抱えの名古屋独自の流派です。
現在5名の藤田流笛方がいますが、いずれも名手揃いで、中でも竹市学師は、スラムダンクの桜木花道似のイケメンにして、とても力強い笛を吹く実力者。
普段から名古屋ではお相手していただいていますが、東京の地でお相手したく、是非にとお願いしました。
「盤渉」の小書が付くと、曲中の「楽(がく)」という唐楽を模した曲の笛の音高が、常の演奏よりも一調子高い盤渉調になり、華やかになります。
森田流の盤渉楽は、一噌流のそれに比べてかなり複雑に作曲されていますが、この藤田流は更に複雑に作られていて、三流派それぞれ全く別曲と感じます。
それぞれの笛の流派に合わせて、シテの舞の型や足拍子も変わるので誠にややこしいのです。
めったに聴くことのできない藤田流の盤渉楽を聴きに来て下さい。
お問い合わせはこちらまで。
あまのじゃく
「ブログ見てるよ」
とおっしゃっていただくと、大変嬉しいのに、恥づかしいので、
「見ないで下さい」
と心裏腹なことを言ってしまいます。
これは賎しき私の胎内に宿る天の邪鬼のなせる業。お気を悪くすることなく、
「ホントは嬉しいのだな」
とご理解いただき、今後ともなにとぞご高覧下さいますようお願い申し上げます。
能の逆説表現
能『是界(ぜがい)』をはじめとした、天狗をシテに配した「天狗物」には、能独特の逆説表現として、「中入来序(なかいりらいじょ)」や「大べし」があります。
両者とも、囃子事の一種で、
「中入来序」は、能の前半、シテが正体を明かして、幕へ一度引っ込む際に囃される、極ゆっくりとした、囃子。
「大べし」は、能の後半、シテの登場音楽として囃される、これまたゆっくりとした囃子。
両者に共通するのは、「極ゆっくり」と囃すことですが、そこには、ただゆっくりとしているだけではなく、「豪壮さ・強さ」があります。
そしてそれに伴うシテの極ゆっくりとした動きは、実は逆説表現で「極速い」ことを表しています。
昭和の宝生流の名人・近藤乾三師の著作によると、鳥や飛行機が実際には超高速で飛んでいるのを人が地上から見ると、ゆっくり飛んでいるように見える、まさにあれを能の舞台上で表現しているのです。
いくら速く見せようとしても、演者の肉体と観客の動体視力・脳の処理能力には限界があります。ましてや、能はサーカスではなく「芸」です。
脳の「残像現象」を利用したような、前衛的な表現。
先人が「天狗物は(強さの中に)優しく」と言うのは、これが一つの理由かもしれません。
ここにも天狗物の難しさがあります。
(自分でハードルをあげてる?)
6月17日(日)名古屋宝生会定式能『是界』
来る6月17日(日)名古屋宝生会定式能にて、能『是界(ぜがい)』のシテを勤めます。
中国の天狗の首領・是界坊(ぜがいぼう・シテ)と日本の天狗の首領・太郎坊(ツレ)が相談して、比叡山を襲いますが、比叡山の高僧(ワキ)が不動明王をはじめとした諸天をして退治せしめ、翼ももげて地に落ち、もう二度と来ないと約束してほうほうの体で逃げ帰る、という、まるで童話のようなお話。
前半は、天狗の仮の姿である山伏の出で立ちで、先日の『小袖曾我』に引き続き、直面(ひためん・能面をかけずに素顔を能面として扱うこと)。
後半は、大天狗の出で立ち。「大べし見」という、大きな口を一文字に結んだ大ぶりの面をかけて、大天狗を表します。
「天狗物」と言われる一群のシテは、『鞍馬天狗』を除いて、概して大真面目な半面間抜けな感じがして、私はそこにとても愛嬌を感じて、大好きです。
ただ、天狗物というのは、おいそれと出来るものではありません。
先人の言う、「強さの中に優しさを」と言うのは、今の私にはまだ到底出来かねるでしょうが、稽古を重ねるうちに、少しでもそれがわかってくるのかもしれません。
(つづく)
苧環
玄関の苧環(オダマキ)の花が咲きました。
つぼみの時はなぜか下を向いていて、まさに糸を繰る苧環の形。
能『三輪』の曲中、「苧環に針を付け 裳裾にこれを閉じつけて あとをひかえて慕い行く」と、神話をなぞり舞い謡います。
洒落た名前ですね。
いにしへの 奈良の都の
ここ数日の間に、3人もの方に、妻の名前を聞かれました。
実は、5月26日(土)矢来能楽堂にて私の主宰する同門会を催しますが、今回初めて娘(3歳)を舞台に出します(独吟『絃上』)。
番組が完成し、能楽堂に置かせていただいておりますが、「和久」の付く女性名をご覧になって、妻が舞台に出るとお思いになったのでしょう。
妻には、稽古はしません。昔一度やってみましたが、「稽古ごっこ」をしているようで、恥ずかしくて中断してしまいました。
するならば、他の先生についてもらいます。
しかし娘はそういう訳にはいきません。
日頃、凜太郎に「稽古するぞ」と言うと、「わたしも」と付いてきます。
正直、凜太郎の稽古で精いっぱい。しかし、「お兄ちゃんばかりずるい」となるのです。
お舞台のごほうびも狙っているのでしょう。なかなか若い女性はしたたかです。
あと1ヶ月と少し。本当にできるのかしら…。
予告
来年(平成25年)9月22日(日)名古屋能楽堂において、宝生流宗家宝生和英師ほか、流儀長老4名のお許しをいただき、個人演能会を催させていただくことと相成りましたことを、ご報告いたします。
ご存じの方も多いと思いますが、当流において個人演能会は、歴史的にタブー視されていた経緯がありますが、先達が切り開いて下さいましたので、少しずつですが増えています。
来年は、私も数えで「不惑」の40歳を迎えますが、能楽界においてはまだまだ若輩者で、そのようなことをする立場にないことは承知の上で、敢えてリスク(批判や金銭的な問題も含めて)を背負っても、挑戦したいと思います。
やるからには、3年は何があっても続ける所存です。
私の芸だけでは、日本一の席数を誇る名古屋能楽堂を埋めることはとてもできません。
私個人のリサイタルではなく、先輩方のお力をお借りして、当世の宝生流の名手や、各役を東西を問わずに出演をお願いして、良い舞台を名古屋で提供出来る機会になれば、との思いがあります。
詳細については、また後日お知らせいたします。
おかげさま
昨日、五雲会にての『小袖曾我』、おかげさまで何とか無事済みました。
風雨のなかご来場いただき誠にありがとうございました。
力強い地謡、心強い後見、また、頼もしいツレに助けられて、今持っている力は大したことはありませんが、存分に出せたと思っております。
次回のシテは、
〈名古屋〉
6月17日(日)『是界(ぜがい)』(名古屋能楽堂 名古屋宝生会定式能)
〈東京〉
9月15日(土)『龍田』(宝生能楽堂 五雲会)
です。
本日は、七宝会定式能にて、舞囃子『花月』を勤めるべく、大阪・香里園に向かっております。
休息は十分取りましたので気力充実、精一杯舞い勤めます。
4月15日(日)七宝会 舞囃子『花月』
4月14日(土)五雲会『小袖曽我』の次の日、15日(日)13時半より大阪・香里能楽堂にて七宝会定例能が催され、舞囃子『花月』を勤めます(代役)。
他に
能『呉服』シテ玉井博祜、ツレ広島栄里子
狂言『長光』善竹忠一郎
仕舞『岩船』辰巳和磨・『鳥追』石黒実都
能『葵上』シテ山内崇生
私は、舞囃子『花月』の他に、能2番と仕舞2番の地謡を勤めます。
関西方面の方は、ぜひお越しくださいませ。
お問い合わせはこちらまで。