史跡「殺生石」

私の授業を受けている川村学園女子大学の学生さんが、明後日11月30日(金)夜能にての、能『殺生石』の鑑賞前に、実際の那須野に存在する、史跡「殺生石」を撮影してきてくれました。

後ろに見える、注連縄を張った石が、「殺生石」。

「殺生石」のアップ写真。

 

私も、『殺生石』を初演した9年前に参りました。今回も行きたい気持ちは有ったのですが、時間か取れず断念したところでしたので、雰囲気を伝えてくれて嬉しく思います。

 

「殺生石」は、近寄る人や生き物を殺してしまう呪いの石として伝わります。

今も、温泉地とて、火山性の亜硫酸ガスなどが微量ながら噴出していて、その量が多い日は、立ち入りを禁じられることもあります。

その石の前には、荒涼とした賽の河原が広がります。ここに、玄翁は訪れ、怪しい女と会話を交わすのです。


桐生稽古場始動!

群馬県桐生市広沢町にある、「伝統芸能研修所」。宝生流愛好家で篤志家の方がご自宅2階に建てた稽古舞台を、そのお孫さんが遺志を継承して移設された素晴らしい能舞台。

もう既に、「稽古舞台」ではなく、立派な「能楽堂」です。

 

中正面側から。

 

この舞台で、一昨日からお弟子さんのお稽古を月1回のペースでさせて頂くこととなりました。

長年桐生で稽古場を持つ葛野流大鼓方家元・亀井広忠師の鶴の一声によって、そのご社中が人数を集めて頂き、このような運びとなりました。

この地域(桐生・足利)で稽古場を持つことは、足利出身の妻との縁もあり、10年来の念願でしたので、亀井広忠師とご社中には、心より感謝しております。

当流名手の先達のご尽力によって、元々宝生流の盛んな地域ではありますが、更なる発展を心掛けて、大事に育てていきたいと思います。

折にふれてご紹介してまいります!


近影


中日新聞に

9月18日の中日新聞夕刊に、今度の(2018年9月30日日曜日)「第5回 和久荘太郎 演能空間」の取材記事を掲載して頂きました。


NHK-FM能楽堂『烏帽子折』の録音2

今回の『烏帽子折』の録音、大変奇遇なことで、実は、来年(2019年)9月23日(月祝)「第6回 和久荘太郎 演能空間」(於・宝生能楽堂)にて、能『烏帽子折』を凜太郎の子方にて私がシテで勤めることが決まっており、そのこともあって、家元が凜太郎に今回のお役をご指名いただいたのです。

しかも、地謡は武田孝史・朝倉俊樹・山内崇生の三師にて依頼済み。今回の録音とほぼ同じメンバーです。この録音があったから、来年『烏帽子折』を勤めるのではなく、私の『烏帽子折』計画及び依頼のほうが先、という奇遇。これを好機と、またはりきって参りたいと思います。

ですから、皆様には、来月(9月9日)にラジオの音で聴いて頂いた素謡『烏帽子折』を、来年の演能空間の舞台上にて立体化した能『烏帽子折』をご覧いただく、という、2段階のご鑑賞をしていただくのが一興かと存じます。

演能空間の『烏帽子折』の間狂言(盗賊の棟梁)は、先頃、東京オリンピック・パラリンピック開会式・閉会式の演出統括責任者に選ばれた野村萬斎師。間狂言とは別に本狂言(曲目未定)も萬斎師にお願いしておりますのでご期待ください!


NHK-FM能楽堂『烏帽子折』の録音1

本日、渋谷のNHK放送センターにて、来月放送予定の『烏帽子折』(素謡)の録音でした。

 


【放送予定】

平成30年9月9日(日)午前6時~6時55分(NHK-FM)

素謡『烏帽子折』

シテ 武田孝史

ツレ 朝倉俊樹

ワキ 山内崇生

ワキツレ 和久荘太郎

若武者 佐野玄宜

子方 和久凜太郎


 

通常、素謡やNHK-FMの録音では、子方役も大人が勤めますが、今回は凜太郎(12歳)にお役をいただき、毎日稽古に励みました。

凜太郎がNHK-FMでお役をいただくのは、3回目。

1回目は、6歳で『唐船』の日本子役。小学校に入りたてで、まだ幼児のようなときでしたので、私自身が大変不安に思っていましたが、シテの金井雄資師の優しく的確なご指導もあり、なんとか無事勤めることができました。

2回目は、10歳で『歌占』。ちょうどその録音の直前に、実際の能の舞台で『歌占』の子方を2回(小倉伸二郎師と私相手)勤めましたので、これは心配なく勤めることができました。

NHK-FMの録音では、間違いが許されないので、我々本職でも謡本を見て臨みますが、前回2回とも、凜太郎は無本で臨みました。これは当然のことで、子供の稽古は謡本(能の台本)は見せずに、全て口伝(口移し)で稽古します。

ただ、今回は、『烏帽子折』の子方の謡は膨大な分量であること、また、子方とはいえ、心身と思考もだいぶ成長してきましたので、日常の稽古も徐々に謡本を見せて稽古するようになってきた、ちょうどよいタイミングであったこともあり、我々同様に謡本を使って録音に臨みました。

(続く)


お知らせ(八ヶ岳薪能 能『邯鄲』の子方について)

来る8月3日(金)開催の八ヶ岳薪能にて、能『邯鄲』(シテ 辰巳満次郎)の子方に「和久凜太郎」と記載されていますが、これは間違いで「片桐遵」が正式な配役ですので、お知らせ致します。

 

度々、色々な方に、「息子さん、八ヶ岳薪能にご出演ですね。観に行きます。」などとお声がけ頂き、本役として稽古に励んでいる片桐遵君に申し訳ないので、この場を借りてお知らせ致します。

決して凜太郎の代役ではなく、本役として片桐遵君が配役されていますが、チラシの記載に間違いがあるようです。(確かに、初期に凜太郎にはお声がけ頂きましたが、この日は小学校最後の林間学校が重なっており、最初の段階で丁重にお断りした次第です。)

この片桐遵君、名古屋で活躍する子方で、小学6年生。顔も可愛くて、謡も型(舞)もしっかりしていて、将来が楽しみな子方です。私自身も、いずれ共演できるのを楽しみにしています。


附祝言について

本日は、ちょっと専門的な話題を。

 

謡会の最後は、めでたい文句で結ぶ習慣があります。

先日の甲府・武田神社の謡初にては、留めが『紅葉狩』という鬼の能だった為、附祝言(つけしゅうげん)として、『五雲』を謡いました。『五雲』は、昭和に出来た宝生流独自の祝言小謡。「流れ久しき栄えかな」とめでたく結びます。

但し、その日の番組に他流派の方がいらしたり、会場が他流派のお舞台などのときは、『五雲』は遠慮して、他の小謡を謡います。

附祝言には、『高砂』『猩々』『難波』などが能く謡われます。もちろん、『五雲』ではなく、これらを最初から附祝言として選択して良いのですが、その日の番組内と重複する曲は避けます。

ところで、番組の最後に上記の、『猩々』などの祝言の曲が配されている場合は、重ねて附祝言を謡うことはしません。すなわち、『猩々』が留めならば、その後に『高砂』(千秋楽)の附祝言を謡う、などということはしない、ということです。この点は、誤解されている方が多いようにお見受けします。

また、めでたい文句で結んでいる場合も同様に、祝言は付けません。

さて、ここで疑問が沸くのが、後半が仇討ちの物々しい曲『夜討曽我』。「引っ立てゆくこそめでたけれ」と、表面上はめでたい文句で結んでいますが、このような殺伐とした曲で謡会を結んでも良いのでしょうか。シテの曽我五郎が大立ち回りの末、敵に捕縛されて、幕へ猛スピードで連行される時の最後の文句。これは、謡の文章を熟読するとわかるのですが、大立ち回りが進行してくると、主客転倒して、敵の立場として「めでたけれ」と言っています。

そのような背景はありますが、それとは関係無く、「めでたい」文句で結んでいるので、『夜討曽我』が番組の留めに配されていれば、附祝言は謡わなくて良いのです。16代宝生九郎師の文章としても、そのように書かれています。


2回目の声帯ポリープ摘出手術④

(続き)

よって、全く重篤な病気の手術ではありませんので、どうかご心配なくお願い致します。「わしゃ心配しとらんよ」という方が多数を占めると思いますが、中には、かなり衝撃を受けて下さる方がいらっしゃるので、命に関わる病気ではないということを、しっかりご説明しておきたくて、このポリープシリーズは第4弾に至ります。

全身麻酔というリスクはありますが、ポリープ以外の手術も含めて、今まで数回やっても、ちゃんと元気に覚醒していますので、全く心配していません。

前回の手術及びリハビリは大成功で、声が能く出るようになりましたので、今回のリハビリでは、逆にその成功経験が仇にならないよう、慎重に進めようと思います。大体がすぐ調子に乗る性質、早めに声を出したりしないよう、意識して注意します。

前回のように、麻酔から覚めた瞬間に「もう終わったんですか⁈」と叫ばない練習や、声を出さないうがいの練習、寝言を言わない練習(所詮無理ですが)、声を出さないで謡を覚える練習などを、今から日常生活で癖を付け始めています。

以上で、ポリープシリーズを終了いたします。ご愛読ありがとうございました。


2回目の声帯ポリープ摘出手術③

(続き)

1週間の沈黙療法も虚しく、血豆はポリープに昇格。晴れて(腫れて)手術が決定しました。このポリープが手術日迄に引っ込めば、手術の必要はなくなるとのことですが、その確率は5%程度。密かに一縷の望みをかけていますが、所詮無理なのは、自分が一番分かっています。

沈黙療法後、日に日に、自分でも驚くほど声が出るようになってきたので、治ったのでは、と思う時があるのですが、診察を受けると、その答えはバツ。おそらく、身体がポリープの存在に順応して、勝手に工夫をして声が出るようになっているようです。

息が洩れているのが、自分でも能く分かります。出す息全てが、声(音)にならないのです。だから、以前は一息で謡えた箇所を、人にはわからないように、途中で息を盗んで続けて、一息で謡っているように聞かせています。その為、腹の力や圧力が倍くらい必要で、誠に疲労します。

現在ポリープ氏は、2枚ある声帯の片方だけにいらっしゃるのですが、放っておくと、声帯同士ががぶつかり合って、もう片方にもポリープ氏の相棒が出来て、声帯がきっちりと塞がらなくなり、遂には声が出なくなる、というシステム。いつそうなるかわかりませんが、近い将来の話なので、今のうちに取ってしまう、という主治医のご判断です。

(また続く)