能『巻絹 五段神楽』を舞います

 

本年9月8日(水)に、能『巻絹・五段神楽』を勤めます。詳細はこちらをクリックしてご覧下さい。

会場は札幌市教育文化会館。なんと北海道札幌市です。

私は、札幌にはお弟子さんはいなくて他にも全くご縁はありませんが、主催の京都芸術センターさんや、もう1番の能『葵上 梓之出・空之祈』のシテを勤める深野貴彦さんが、流派立合いのお相手に私をご指名頂き、お役を付けて頂く運びとなりました。誠に光栄なこと、気を緩めず勤めたいと思います。

 

今回『巻絹』は「五段神楽(ごだんかぐら)」という小書(こがき。特殊演出のこと)付き。常の「神楽」という舞の部分が、「五段神楽」に変わります。

(別名「総神楽」「惣神楽」「草ノ神楽」とも言います。いずれも同じことです。)

普通の「神楽」は、三段目から神舞の譜になるのですが、「五段神楽」は神舞の譜にならずに最後まで特殊な神楽の譜のまま通します。また、途中緩急が付きます。

そしてこの小書が付くと、「五段神楽」のあと、終曲が近づいたあたりで「破之舞(はのまい)」という短い舞が入ります。

 

能の笛の流派は三流派(一噌流・森田流・藤田流)あり、この「五段神楽」は三流派ともそれぞれ特徴的な、似て非なる譜を持っています。私は過去に三流派ともこの「五段神楽」をお相手しているのですが、それぞれの良さがあると感じます。

中でも今回お相手頂く「藤田流」の笛は、古くは尾張藩お抱えの門外不出の流派で、良い意味でガラパゴス的な特徴を持っています。私は高校生のとき藤田流の笛を稽古していましたのでそれをあまり感じませんが、名古屋以外の土地の方が藤田流の笛を聞くと、大変驚かれます。

 

今回、名手の呼び声高い、竹市学(たけいちまなぶ)さんにお願いしたので、この「五段神楽」を聞くだけでも大変興味深いことだと思いますので、ご遠方の方も多いと思いますが、ぜひご旅行ついでにご来場頂けましたらと思います。

 

実はこの催し、ちょうど一年前に開催予定でしたが、まだチラシもできないうちにコロナ禍の為延期となったリベンジ公演なのです。

 

観世流の深野貴彦さんと私の意気込みコメントはこちらをご覧下さい。


鑑賞教室三昧

今週は鑑賞教室三昧(私が)。

 

連日、国立能楽堂にて「能楽鑑賞教室」が開催され、能・狂言上演前の解説(と地謡・後見)を担当しています。

 

しかし今日だけは、名古屋能楽堂にての「名古屋市小中学生鑑賞教室」。名古屋に向かっています。日帰りにて明日も国立能楽堂にて解説。

 

このコロナ禍で舞台をさせて頂くこと、またこのようなときでも文化を忘れずに能楽堂にご来場頂くお客様には心から有難いと思います。

 

名古屋の鑑賞教室の後は、ある大きいプロジェクト2件の会議。いずれも、本年と来年の名古屋宝生会関係です。近いうちに公開致します。乞うご期待。


ホームページリニューアル

当ホームページをリニューアルしました。

【変更点】

トップページの写真

◆トップページに「VIMEO(動画販売)」「BASE(物品販売)」のリンク

プロフィール及び写真の変更

◆「舞台のお知らせ」更新

 

【舞台のお知らせ】は、来年初めまでを載せました。ぜひご覧下さい。


6月6日(日)東京涌宝会大会

明日6月6日(日)「東京涌宝会大会」(和久社中発表会 会場 宝生能楽堂)は予定通り開催致します。

ロビー、見所、楽屋の感染予防対策を徹底致します。

10時開演、18時40分終演予定。


衝動買い パート2

サツキ。またまた衝動買いしてしまいました‥。白藤と同じ花屋さんで。

 

だってひと株から紅白の花が綺麗だったから。


プロフィール写真

これが、先日近所の写真館で撮っていただいた新しいプロフィール写真。

 

恥ずかしくて私は直視できません。

 

なんとか、次の6年間はもたせたいものです‥。


五郎の日

ウチの五郎。カタツムリのように寝ます。「エスカル五郎」と名付けています。

今日は「五郎の日」。5月6日です。

いつも十郎と寄り添って寝ます。幸せ。


錣引き

今年もこの兜の登場。息子(中3)が産まれたときのもの。伝・源義経のレプリカです。

 

この兜の緒の房が、ウチの猫たち(十郎と五郎)はかなり気になるようです。

数日前に飾ったときから二匹とも、ちょいちょい手を出そうとしてはいたようですが、猫には届かない高さのため油断していたら、ついに今朝、十郎が兜を引き摺り落としたとのこと(妻・談)。

まさに「錣引き」(しころびき。能『八島』『景清』より)の再現。しかし、錣を引いたのは悪七兵衛景清ではなく「和久十郎祐成」。話が変わってしまいました。

 

さてさて、馬鹿話はこれくらいにして、明日も早いので菖蒲湯に浸かって寝ます。


白藤

数日前、近所の花屋さんにお仏壇の花を会に行くと、店頭でこれが超破格で売られていたので、衝動買いしてしまいました。

 

道行く人が皆立ち止まって

「きれいねえ」

と惚れ惚れとして見ていました。

 

しかし即売されなかったのは、おそらくその大きさ。結構な高さ(120センチ以上)があり、枝ぶり良く横にも広がっているので、ご年配の女性には運べないのかと。

 

私はジャケットスタイルでもなんのその。肩の上に軽々と担いで持ち帰りました。

 

信号待ちしていると、

「あら、あの藤売れちゃったわ!」

という聞こえよがしな声がチラホラと。皆さんすみません。


夢になりとも見えたまえ

18年前に他界した父に、久しぶりに逢いました。

 

父は当たり前に元気でした。しかし、いきなり「旅に出る」と。止めるのも聞かず出て行こうとしましたが、「これを」と私の手に託されたのは一頭の小さい「亀」。

その亀は元気いっぱい、私の手を降りてカサカサ逃げ回りました。

その亀を再び捕まえて飼い始めるところで、夢は覚めました・・・。

 

なんだったのでしょうか。夢占いではどう判じるのでしょうか。

 

能『清経』の、清経の妻(ツレ)を代弁した地謡の言葉に

 

「夢になりとも見えたまえ」

 

とあります。そのように思ったことも度々あります。まだ生きていれば77歳。孫の成長を見られただろうに。

18年間、朝な夕な、家族全員がお仏壇に手を合わせています。父は何を言いたかったのでしょうか。

 

 

能『清経』の平清経の幽霊(シテ)が、妻の夢の中に登場するときの言葉には、小野小町の和歌を引用して、

 

「うたた寝に 恋しき人を見てしより 夢てふものは 頼みそめてき」

 

とつぶやき、現世の妻に呼びかけます。

 

 

今年、奇しくも能『清経』のシテとツレの両方を勤めます。お互い、愛し合っているが故になじりあうのです。私は、両方の気持ちがよくわかる気がします。名曲です。