戯れ言

本年1月よりこのブログを始めてから、3ヶ月が経ちました。
5年程前に、ホームページを立ち上げていただく折に、ブログをやった方がたくさんの方に見ていただけるから、ぜひやれと、幾人もの方に強く勧められましたが、
「あんな軟弱なもの。秘すれば花だ。」
などと、得意のひねくれ坊主が頭をもたげて、断固としてやりませんでした(ホントは学がないのがバレるのが怖い)。
しかし、後からホームページを立ち上げた方々がブログを始めて、魅力的な文章で自分の様子や、催しの宣伝を発信するのを垣間見ますと、出遅れの感はありましたが、やってみようという気になりました。
だいたいが天の邪鬼で、新しい物好きのくせに、人と同じことや、出遅れたことはやりたくない性分。
そういえば、いち早く飛びついたスマートフォンは、最近やっと私の言うことを聞くようになってきました。
さて、何事もやるとなったら徹底的に追求しなければ気が済まない性分。毎日投稿し続けましたが、ある日知人から、
「良く毎日書くね」
と冷静に指摘され、ふと我に帰り毎日書かなくても良いんだ、と気付き、気持ちが楽になりました。
ゴルフのお誘いをいただいても、面白そうとは思いつつ一向に始めないのは、いつもその事を考え続けて、駅のホームで傘を振り回す所業に陥りそうだから。
ハコビやシカケヒラキのイメージトレーニングだけで精一杯です。
そういえば、ウォーキングが腰痛に良いと聞き、急に1日1時間毎日歩きだしたら、よけいに腰が痛くなって、
「そりゃ歩き過ぎだろ」
と、さる御方に冷静に指摘されて、またもやその通り、と納得。
「過ぎたるは及ばざるが如し」
を地で行くこの性格、なんとかしないとね。

名古屋稽古場

柴田舞台
この4月より、名古屋の稽古場が変更になりました。
地下鉄東山線本山駅徒歩5分の、個人宅で、写真のように立派な舞台が!
先日の初稽古では、お弟子さん方皆さんお喜びでした。
ご迷惑がかかるといけないので、住所は公表いたしませんが、名古屋でお稽古を始めたい方は、お問い合わせくだされば、場所の詳細をお知らせいたします。
今まで稽古場としてお借りしていた三喜神社は、私が高校生の頃、故・辰巳孝先生の稽古に伺った場所。
その後上京して内弟子修行し、家元のお許しをいただき、名古屋での稽古場を開いたのが三喜神社。8年ほどお世話になりました。
神前で稽古させていただけることの有り難さ。宮司さんには大変融通していただきました。感謝いたします。
三喜神社の稽古は、月2回・水曜日でしたが、東京芸大の出勤日と重なってしまったために、曜日の変更を余儀なくされ、稽古場変更と相成りました。
新しい稽古場では、基本的に火曜日か金曜日の13時から21時。お弟子さんが増えれば、午前中にも稽古するつもりです。
ちなみに、岡崎の稽古は、月2回で、基本的に土日にしております。少し離れますが、両方に通われる方や、不都合でお休みになった日の代替として、どちらかにいらっしゃる方も。
名古屋・岡崎近辺で、和の稽古「能」にご興味のある方は、ぜひ一度見学にお越し下さい!
詳しいご案内は当ホームページまで。

5月14日五雲会・雲雀山


来る5月14日(土)五雲会(水道橋・宝生能楽堂)にて、能『雲雀山(ひばりやま)』のシテを勤めます。

 

題名の「雲雀山」は、大和(奈良)と紀の国(和歌山)の境にある山の名で、ここを舞台に物語が展開されます。

 

雲雀山の谷陰の粗末な庵に隠れ住む中将姫(ちゅうじょうびめ・子方)を、草花を売って養う侍従の乳母(めのと・シテ)。今日もまた、春の草木を手折り、里へ下りてこれを売りに行きます。

 

心無い人(継母)の讒言を信じ、娘である中将姫を雲雀山で殺せと命令を下した、右大臣豊成(とよなり・ワキ)は、先非を悔い、この雲雀山に姫を探しにやってきます。

 

山中で、豊成一行と出くわした侍従は、それとも知らず、豊成の家来と問答を交わします。夏に近い晩春の、風流で軽やかな風情です。

 

中将姫を、この4月で小学生になった水上達くんが勤めます。鬘をつけて女の子になった愛らしい子方は、姫の哀れさ不憫さをいっそう際立たせることでしょう。

 

この手の曲の定石通りハッピーエンドで、豊成は中将姫を連れて都へ帰って行き、能を見るお客様に、良い気持ちのまま帰途についていただきます。

 

でも、本当に帰らないで下さい。まだもう一番、大曲『石橋(しゃっきょう』が残っていますから。

『石橋』は、我々能楽師の登龍門である『道成寺(どうじょうじ)』や、『乱(みだれ)』と並ぶ、秘曲の一つで、澤田宏司師が勤めます。

 

大昔の中国を舞台として、前半は仏教観を語り、静寂な雰囲気ですが、終盤、激しい囃子「乱序(らんじょ)」に引かれて、想像上の動物、獅子が現れ、牡丹の咲き乱れるなか、激しく舞い狂います。

この間10分もありませんが、他の能には、類を見ないほどこの上無く激しく、アクロバティックな動きで見る者を魅了することでしょう。

 



このような大曲を初演することを、「披く(ひらく)」と言い、慶事の一つです。

実は、私、披き物の一つである『乱(みだれ)』を、本年12月の五雲会にて、披かせていただきます。

先のことですので、また改めてお知らせいたします。  




5月五雲会は、他に『嵐山(あらしやま)』シテ小林晋也、『通盛(みちもり)』シテ山内崇生。

いずれも見どころ満載のお勧め曲です。

 

お誘い合わせの上、ご来場を心よりお待ちしております。

 

チケットは当ホームページまで。

おめでとう

ピッカピカのランドセルを背負った1年生、制服に着られている新中高生も、桜の花に負けない春の風物詩の一つでしょう。

新1年生、おめでとう!きっと忘れがたい門出になることでしょう。不安なんか春風と一緒に吹き飛ばしちゃえ!

私も、この4月から母校の東京芸術大学・音楽学部・邦楽科の助手として、週2日の勤務が始まり、助手1年生として先輩助手に教えを請いながら、張り切っています。

会社勤めの経験など、もちろんありませんので、慣れぬネクタイや事務作業にてんやわんや。きっと、失笑を買っていることでしょう。

能しかして来なかった私に、はたして勤まるのだろうかと不安もありますが、今まで使っていなかった脳みその一部が再生してきました(気のせい)ので、自分を騙しつつ頑張ります!

急にネクタイ締めて早朝に出て行くようになった父親に困惑気味の息子と娘に、妻は「お父さんは学校の先生(みたいなもの)になったんだよ」とダマしています。

仕事の詳細は、ここでは公表できませんが、学生にレッスン(芸大では稽古のことをこう呼ぶ)はしません。あくまでも、教授のお手伝いや、邦楽科全体の運営の事務作業。

邦楽科には、能楽のほかに長唄・長唄三味線・邦楽囃子・日本舞踊・箏曲(生田・山田)・雅楽などがあります。
敬服するのは、各教授のバランス感覚に優れた人間性。
皆さん、言ってみれば芸人(伝統芸能家)が本職で、その世界で名を成している方々です。
芸人にありがちなエゴや驕慢が見えず、公のことを常に考えていらっしやいます。返せば、そういう人だからこそ芸大の教授になれるのでしょう。

いやともかく、ランドセルならぬ、ピッカピカのおでこを引っさげて、上野の山の満開の桜のトンネルをくぐり抜けて、来週もまた新たな仕事に挑んでまいります!

がんばれ日本!

昨日、名古屋宝生会定式能が無事開催され、『忠度』の能を勤めさせていただきました。
このような時勢ですが、大勢の方にご来場いただきまして、誠にありがとうございます。
被災された方々のご心情を考えますと、芸能・芸術などの開催は、憚られる面もあります。
今回は鎮魂の為に、開演前に、名古屋宝生会出演者一同にて『江口』の謡を、舞台で手向けました。
私は、すぐ後の出演のために、忠度のシテの装束を着ていましたので、舞台には上がれませんでしたが、鏡の間にて手向けました。
東京では、能に限らず各分野の催しが中止や延期になり、宝生流も今月19日の五雲会と、27日の別会能が延期になりました。
そのような中で、被災地から距離が離れているとはいえ、常の通りに舞台を勤めさせていただくことをありがたく思い、舞わせていただくからには、と精一杯勤めました。
原発の不安もつきまといますが、なんとかこの日本が立ち直って欲しいと思います。皆で力を合わせて頑張りましょう!

3月20日(日)名古屋宝生会定式能

大地震の被害の実態が日に日に見えてきて、目を覆いたくなる惨状です。
大事な方を喪った方、連絡がつかない方、悲しみはいかばかりか。これからのこと、全く想像もつかないでしょうが、なんとか生き抜いてほしいと思います。
決して他人ごとではない事が今回のことではっきりしました。
いつかこのような日が来ることは、誰もが心の奥で覚悟していたとは思います。その日がついに来たのですが、これが序章でないことを祈るばかりです。
緊急時ですから、歌舞音曲を控える考え方もありますが、我々役者としては、変わらず公演を続けることによって、皆さんを元気づける目的もあり、できるだけ能の公演を開催する方向で考えるべきだと思います。
来週日曜日20日の、名古屋能楽堂における「名古屋宝生会定式能」は、予定通り開催いたしますので、ご不安の中ではありますが、ぜひご来場いただきたく思います。
1月23日の当ブログでもご紹介したとおり、私は能『忠度(ただのり)』を勤めます。桜の樹の下での仮の一夜の夢を見ていただけたらと思います(13時開演、ほかに能『巻絹』(シテ衣斐正宜)、仕舞・狂言)。

お見舞い申し上げます

大変な地震でした。被災された方に、心からお見舞い申し上げます。
とりあえず当家は全員無事です。タンスや、型附けなどの本棚が倒れましたが。
今後も予断を許さないでしょう。皆様、お気をつけ下さいませ。

変わり身

遂にスマートフォンにしてしまいました。あれほど「あんなもの」なんて批判していたのに。我ながら変わり身の早さにびっくりしました。そのうち、「時代はスマートフォンだ」なんて言い出しかねません。
本来新しい物好きの私、節操がないと言われても構いません。だってその通りですから。
しかし、私のスマートフォンはちっとも思い通りにうごいてくれません。指が太いのか、どうしても隣のボタンを押してしまったり、まだ未完成のメールを送信してしまったり。
いまだに、かかったきた電話を「スマート」にとることができません。ロックがかかっていて、解除に手間取っている間に着信音が切れてしまいます。
一番苦労したのは、電話帳の移し替え。電話会社も変えてしまったので、移せないとのこと、手作業で打ち込みです。150件くらい打ち込んだところで、赤外線送信の方法に気づいて、早く気づかなかった自分を責めましたが、どうしても1件ずつしか移せず、赤外線を浴び過ぎて何か病気にならないか、不安になりました。
今この文章も、スマートフォンから投稿しています。改行の仕方がわかりませんので、大変読みづらくなっていることをお詫びいたします。早くスマートに打ち込めるようになりたいと思います。

花見稚児

本日、五雲会(宝生能楽堂)にて、『鞍馬天狗』の花見稚児を息子・凜太郎(4歳)がなんとか無事勤めました。
昨年1月に同じ役で初舞台を踏ませていただいて以来ですが、少しだけ成長したのがわかりました。
平家のお稚児さんの中の一人で、ただ出て帰ってくるだけの役ですが、師匠また父親としては、自分の舞台よりも緊張します。
妻は母親として、本番まで絶対に怪我をしたり、風邪をひかせるわけにいきませんので、家族一丸となって、ひとつの舞台の一部を作りあげるような感じです。
殊に今回は、私自身も地謡で同じ舞台に立ち、しかも、子方達が舞台に入って来て、ちょうど親子で対面する形になり、ちょっと不思議な感じ。
また「そっくり」と言われるんだろうな。暑がりで、親子揃って顔が紅潮するのが特に恥ずかしい。
子供の稽古は、今後もっと難しいお役を頂戴して更に実感していくことでしょうが、飴と鞭のバランスがとても難しい。
厳しいばかりでは、嫌いになってしまうし、いいよいいよではものにならない。
今まで宝生流でも、名子方を幾人か見てきていますが、名伯楽がよく調教したものだと思います。
芸の厳しさを仕込むのはもちろんですが、子供のうちに、能の舞台に出ることは「楽しい」ことだと印象付けることが大事だと考えます。好きなことに対しては、ある時期がくると自分で興味を持って進んで学んで、伸び率が高くなることを体験で知っているからです。
玄人として舞台を「楽しい」と考えることには賛否両論ありますが、お客様に楽しく、気持ちよくなっていただくためには、いやいややっているものはお見せしてはいけない。気持ちよくなり過ぎて、「俺が俺が」というのを見せられるのも不快ですが。
飴と鞭然り、何事もバランスですかね。
親子共々、今後とも厳しくも温かく見守っていただけたらありがたく思います。
凜太郎の舞台、次回は、7月23日(土)涌宝会大会(矢来能楽堂)にて、『猩々』の仕舞の予定です。

名古屋涌宝会謡初

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岡崎の稽古場、花朋会舞台にて、名古屋涌宝会謡初がありました。
名古屋・岡崎の会員さん、名東高校能楽研究部の面々に加え、東京からもお2人のご参加をいただき総勢23名。日ごろの稽古の成果を素謡・仕舞にて披露しました。
特筆すべきは高校生の謡のパワー!自分も心のなかはまだ高校生のつもりですが、若者はこうでなくっちゃ。
恥ずかしながら、私ひとりでは制御不能でした。
内弟子修業中だったにも関わらず、先代家元がお許しいただき名古屋・岡崎で稽古を始めて8年、入れ代わりもありましたが、皆さまのお陰で会も漸く形になってきました。
終了後、仕出しのお弁当でささやかなお食事会。高校生がいるのでもちろんお酒は無し。
自己紹介で新旧のお弟子さんが交わり、楽しいひとときを過ごしました。