能楽研究部(名東高校)

能楽研究部

可愛い教え子たち。名古屋市立名東高校・能楽研究部員です。昨年度まで2名だったのに、今年度6名が加わり9名となりました。
ドイツからの留学生が1名、残念ながら帰国してしまい、現在8名。

一昨日1月9日(土)、愛知県高等学校文化連盟の日本音楽部門発表会にて、舞囃子『桜川』を上演しました。

舞囃子『桜川』

シテ(主役)はもちろんのこと、地謡(4名)と3つの楽器(笛・小鼓・大鼓)も全て高校生のみで。

これは、何気ないようでいて、実はとんでもなく素晴らしいことなのです。

舞囃子の時は、仕舞とは違って、地謡は囃子とのリズムに合った臨機応変の謡い方(囃子謡)を習得しなければ、リズムが崩壊して演奏を続けることはできません。

楽器は、謡が謡えなければ囃すことはできませんので、謡の猛特訓から。

もちろん、シテも、舞囃子は仕舞とは比べものにならない長さの舞ですから、謡を熟知していなければ十分に舞うことはできません。
それらを9月からの短期間で全員見事に習得しました。

審査結果は、「優秀賞」!おめでとう!お疲れ様でした。

全国大会出場権は逃しましたが、現時点での最高の演技でした。
きっと、一生の思い出になることでしょう。

3年生2名は、これで卒業ですが、また落ち着いたらきっと能の稽古をしたくなることでしょう。

残る6名の新3年生と新2年生は、4月から新入部員を大勢入れて、今度は太鼓の入った曲に挑戦しましょう。

私のお正月

皆さまお健やかにお正月をお迎えのことと思います。
本年も、何卒よろしくお願い申し上げます。

大晦日は、少し成長した子供たちが、初めて年越しに挑戦。しかし、眠気には勝てず・・・。
夫婦のみで「紅白歌合戦」、「ゆく年くる年」という、古来より伝わる日本の年越しの儀式を執り行い、穏やかに2016年を迎えました。

 

 

お屠蘇

起床して、お仏壇と神棚に拝礼し、一家揃いお屠蘇とお雑煮・お節料理を前に、ここは家長の威厳を、と年初めの慣れぬ訓辞を垂れ、お屠蘇を軽く頂いたら、朝一番の空きっ腹に効果てきめん。面はめでたき猩々のごとし。

まだ朝の冷気が立ち込める三階の能舞台に上り、一家4人にて(妻と娘も)我が家での謡初めを『鶴亀(月宮殿の白衣の袂)』にて厳粛に行いました。
来年は、お屠蘇の前に謡初めをしよう、とちょっと後悔。宴会芸のように、いい気持で謡う癖が付いてしまいそう。

届いた年賀状を眺めていると、もう良い時間。宝生能楽堂にての謡初めに向けて、紋付・羽織・袴の正装にて威儀を正し、凜太郎を連れていざ水道橋へ。
恒例の元旦の儀式で、東京の宝生流職分が長老から子方まで一堂に会し、本舞台にて家元の発声により、宝生流小謡「七宝」を同吟して、新年の舞台を開きます。

その後、新年会にていよいよ本格的な飲み正月を迎え、普段は厳めしい人も、この時ばかりは笑顔を絶やさず明るく、明るく。
凜太郎が、子方仲間の野月惺太くんとちょろちょろ動き回って悪戯をしようとも、明るく、明るく。

気持ち良く帰途につき、さて、私はこの後がいよいよ佳境。一家を連れて、妻の実家に向かいます。

めでたく100歳を迎えた妻の祖母を中心に、親戚が約30人集まります。
10人を超える子供たちを一列に並べ、「お年玉の儀」を執り行うさまは少子化ニッポンを忘れさせます。
みな年毎に大きくなり、楽しみ、楽しみ。

私も婿とて11年が過ぎ、下にも置かない歓待に恐縮しながらも、一員として漸く馴染んできたかな?

義理の兄が用意してくれたくじ引きでは、みな大はしゃぎ。凜太郎は、さすが(?)能役者、大仏のお面(能面ではない)を当てて大ウケ。その文字通り仏頂面のお面を付けて、親戚一同記念撮影。
子供たち皆、この日この時を永く覚えていてほしいと思います。

国宝・鑁阿寺へ徒歩にて初参り。昨年本厄を無事(声帯ポリープ切除手術がありましたが、「それくらいで済んで良かった」と)過ごして、後厄を揃って迎える和久夫婦は、昨年の御札をお焚き上げして、最後の厄年を無事乗り越えられるよう護摩の秘法を受け、鑁阿寺名物「いもフライ」を賞味し、足利の正月を満喫しました(まだまだ序の口)。

昨年に引き続き、厄年の今年は新しく事を起こさず、心を平静に保ち、身体をいたわり、無理をせずに過ごします。心ない世の人は、所詮他人事(ひとごと)ですからこれを「老成」と揶揄しますが、そうではなく、そういう「雌伏」の時期を迎えている、と考えています。
その代わり、厄が明けたら・・・。

平成28年舞台のお知らせ

平成28年の舞台出演予定を当ホームページにアップしました。ご覧ください。

 

来年も、能5番を勤めます。

 ○『土蜘(つちぐも)』 4月16日(土)五雲会(宝生能楽堂)

 ○『舎利(しゃり)』 5月7日(土)豊田市能楽堂普及公演

 ○『歌占(うたうら)』 6月19日(日)名古屋宝生会定式能(名古屋能楽堂)

 ○『海人(あま)』 9月30日(金)ユネスコ記念能(国立能楽堂)

 ○『紅葉狩(もみじがり)』 12月17日(土)五雲会(宝生能楽堂)

 

『歌占』と『海人』は、凜太郎と親子役。昨年の『百萬』以来です。

 

今後も、追加がありましたら随時更新してまいります。

鹿児島国民文化祭にて

船弁慶子方

昨日(11月4日)、鹿児島国民文化祭にて、「能楽の祭典」があり、宝生和英宗家による能『船弁慶』が上演され、凜太郎が子方を勤めました。

写真は、楽屋にて装束を着けた様子。9回目の『船弁慶』子方です。

凜太郎は、生まれて初めて飛行機に乗り、「墜落したらどうしよう」と縁起でもないことを言い続け、周りの乗客を不安にさせました(正直に言って、私自身も飛行機が得意ではありませんので、気持ちは大変よく理解できるのですが・・・)。

終演後、教授嘱託会による懇親会に招かれ、皆様から余りあるお言葉でお褒め頂きました。私は、ステージパパかマネージャー状態。「和久凜太郎の父」と自己紹介しました・・・。

おかげさまで(第3回和久荘太郎演能空間)

昨日9月20日、第3回和久荘太郎演能空間を、皆さまのお蔭で盛会裏に催すことが出来ました。

ご来場者数400名弱。第1・2回よりは少なくなりましたが、愛知県のみならず、北は北海道から西は神戸まで、各地から多数ご来場頂き心より嬉しく思います。

アンケートを拝見すると、リピーターも着実に増え、今後も楽しみにして下さっている旨、ご声援をたくさん頂戴し、ますますやる気が出ました。

解説・イヤフォンガイドを、能楽評論家の金子直樹氏にお願いしておりましたが、残念ながら体調不良の為、朝日大学准教授の米田真理氏に急遽お願いし、予定通り解説とイヤフォンガイドを実施して頂きました。また金子氏とは違った意味での女性らしい柔らかな解説。イヤフォンガイドも好評でした。

異流競演の舞囃子2番(『阿漕』シテ 味方玄、地謡 片山九郎右衛門他・『善知鳥』シテ 辰巳満次郎、地謡 武田孝史他)は、私自身が拝見を大変楽しみにしており、自分のことを忘れて、思わず見入ってしまいました。
一言で表すとそれぞれ「スタイリッシュ」と「骨太」。両方ともそれぞれの魅力があります。 しかし、どちらも能としての気合はいわずもがな十分。自分の会で自分自身が見たいと思うものを企画して拝見し、大変勉強になりました。

狂言『棒縛』(野村又三郎・野口隆行・奥津健太郎)は、会の趣旨に合わせて、『鵜飼』の小謡を織り交ぜて頂きました(『阿漕』『善知鳥』『鵜飼』を「三卑賤・さんひせん」と言います)。しゃれていますね。

能『融』は、何と申しますか、完全に皆さんの胸を借りた形で、全く無駄な緊張をせずに、悠々とした気持ちで勤めることが出来ました。

私の高校時代の恩師から、「舞台上の大半があなたよりも先輩で、皆さんに期待されて可愛がって頂いているように感じた」、という嬉しいご感想を早速頂戴しましたが、「期待されて」いるかは別として、名手の胸をお借りして、自然に動かされるように舞台を勤めることが出来たことは間違いありません。やはり能は総合芸術ですね。

さて、次回は「第4回」。当日配布したプログラムには、「第3回を区切りと致します」と書きましたが、止めるわけではありません。少し考えがありますので、これについてはいずれ発表致します。

誠に有難うございました!

6月20日(土)五雲会『八島』

今週土曜日6月20日、宝生能楽堂にて催される「五雲会」にて、能『八島』のシテを勤めます。

能『八島』
シテ 和久荘太郎
ツレ 藪克徳
ワキ 福王和幸
笛  小野寺竜一
小鼓 船戸昭弘
大鼓 佃良太郎
地謡 金井雄資他

 

修羅物(武士や公達を主役に配した能。二番目物とも)は「負修羅(まけしゅら)」と「勝修羅(かちしゅら)」に分かれ、『八島』は「勝修羅」に分類される、勝ち戦を扱った曲で、シテ(主役)は源義経。

義経は、能の様々な曲に登場しますが、成人した義経がシテとして配されているのは、この『八島』一番のみ。
他は、義経役を子方(『安宅』『摂待』)やツレ(『忠信』)が演じたり、元服前の牛若丸(『鞍馬天狗』『橋弁慶』『烏帽子折』)を、やはり子方が演じます。

勝修羅物3番(他に『箙』『田村』)の中でも、位が高い曲ですから、若いうちにはさせてもらえない(といっても今年41歳)と思っていましたので、光栄に感じ、現時点での力を出し切って、精一杯勤めます。

曲の構成にその「位」が感じられます。前半のツレ(男)とシテ(老人・実は義経)の登場シーンが、脇能(『高砂』『養老』『弓八幡』などの神能)の形式をやや踏襲していて、その後、俗に「宿借り」という、『松風』『絃上』などの位のある曲と同様の形式が続きます。

 老人は、僧を自分の塩屋へ招き入れ、僧の所望によってこの地での合戦の有様を語りますが、『錏引き(しころびき)』という、能『景清』でも語られる、平家方の悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)と、源氏方の三保谷四郎(みほのやのしろう)が力比べをするシーンの語りが聴きどころ。まるで、老人が、武者そのものになったように、仕方話で語ります。

自分が義経の亡霊であることをほのめかして僧の前から消え失せ(中入)、僧が夢うつつになると、義経が在りし日の甲冑姿で現れ、合戦の有様を激しく再現し、最後には春の夜の夢のように明けて消え失せます。

 

 義経・兜
これ、義経が愛用したといわれる兜です。もちろん複製。長男の凜太郎が産まれた時に買ったもので、毎年端午の節句に床の間に飾ります。

 

『八島』の後半、義経の幽霊が戦勝の有様を再現するシーンで、

地謡「潮に映るは」

シテ「兜の星の影」

という謡と共に、強い足拍子を一つ踏みます。
「兜の星」というのは、写真の、黒色と金色で構成された頭頂部に多数埋め込まれた鋲のこと。これが、水面にキラキラ映って光り輝いている爽やかな有様が想像されます。

 

6月20日(土)12時開演、『八島』は12時より。

他に、『歌占』髙橋亘、『杜若』辰巳大二郎、『大江山』東川光夫、狂言2番。

入場料5,000円(学生2,500円)

チケットお求めやお問い合わせはこちらまで。

みなさまお誘い合わせの上、ご来場下さい!

6月6日(土)10周年記念 涌宝会大会

今週土曜日の6月6日、水道橋・宝生能楽堂にて、私の社中発表会・涌宝会の10周年記念大会を催します。涌宝会として初めて、宝生流本拠地での開催。苦節10年、やっと念願が叶いました。

能2番、一調1番、舞囃子15番、独鼓3番、素謡・連吟・仕舞多数。私は、最初に番外一調『東北』を大鼓・亀井広忠氏にお相手願い相勤めます。

以下に能2番の番組を。


〔13時〕
能『加茂』
シテ 神谷恭子
ツレ 佐藤まりな
天女 岡田真理
ワキ 御厨誠吾
ワキツレ 野口能弘・野口琢弘
アイ 高野和憲
笛 藤田次郎
小鼓 大山容子
大鼓 國川純
太鼓 加藤洋輝
後見 影山三池子・和久荘太郎・土屋周子
地謡 辰巳満次郎・山内崇生・野月聡・小倉健太郎・内藤飛能・辰巳和磨・朝倉大輔・渡邊陽介


〔16時10分〕
能『鵜飼』
シテ 森下光
ワキ 宝生欣哉
ワキツレ 大日方寛
アイ 高野和憲
笛 一噌幸弘
小鼓 大倉源次郎
大鼓 亀井忠雄
太鼓 大川典良
後見 宝生和英・和久荘太郎
地謡 大坪喜美雄・辰巳満次郎・佐野登・小倉伸二郎・澤田宏司・辰巳大二郎・金森隆晋・菊池尚希


能『加茂』のシテ、神谷恭子さんは、白百合女子大の能楽サークルで熱心に稽古し、卒業後社会人でのブランクを経て、名古屋の稽古場で私の門を敲いてくれました。
持ち前の集中力と熱心さで、能らしい、強い舞台が期待できそうです。
本後見には、白百合時代の先生、影山三池子師を迎え、文字通りシテの後ろから温かく見守ってくれます。

前ツレの佐藤まりなさんは、名古屋市立名東高校の能楽研究部に3年生から入部して以来稽古を続け、この度初面・装束。緊張していることでしょう。
涌宝会の歴史は、公には10周年と言っていますが、実はお弟子さんの稽古自体は15年ほど前からしています。発表会も、浴衣会・謡初など、内輪の会をその時から続けています。私25歳の内弟子時代、家元の故宝生英照先生からお許しを頂き、名東高校と岡崎の稽古から始めました。その時から稽古しているのが佐藤さんで、現在もご本人はお若いのですが、私の一番古いお弟子さんと言えます。

天女(後ツレ)の岡田真理さんは、愛知教育大学の能楽サークルで佐藤耕司師(名古屋在住職分で、私の元々の師匠)の稽古を受け、佐藤まりなさん同様、15年前に岡崎の稽古を始めた時からのお弟子さん。既に、涌宝会にて能2番(花月・枕慈童)を舞っていて、近年教授嘱託免状も取得したベテランですが、袖を翻すような女性らしい役をまだしたことがないということで、今回、「加茂だけに」白羽の矢を立てました。可愛らしく清々しい天女が期待できます。

能『鵜飼』の森下光さん。この方は、能楽界では流派・玄人・素人問わず有名人です(私よりも・・・)。幼少時から、親御さんやおばあさまに連れられて能楽鑑賞に親しみ、今も能を心の底から愛していて、能の面白さを世の中に広く伝えようとする伝道者で、私のことも(ついでに?)宣伝してくれて、腹心として欠かせぬ存在です。岡田さん同様、近年教授嘱託免状を取得して、稽古年数は驚くほど短いのですが、「立場が人を作る」を実践して、驚異的なスピードで実力を付けて、今回初能・初面・初装束に臨みます。

 

その他にも、ご紹介したい方が大勢います。
ぜひ、当日お運びください。

入場無料、9時半開演、出入り自由です(録音・撮影は禁止)。

番組は、当日受付にてお渡し致します。

5月31日(日)『満仲』(セルリアンタワー能楽堂)

来る5月31日(日)、13時開演、セルリアンタワー能楽堂にて、希曲『満仲(まんじゅう)』が演じられます。

詳細は以下をクリックして下さい。
http://www.ceruleantower.com/nohtheater_kikaku_schedule.html#2015housyou

 

息子の凜太郎が子方の一人、幸寿(こうじゅ)を勤め、私は地謡(後列)。

幸寿は、曲の半ばで父親・藤原仲光(ふじわらのなかみつ)に止む無く殺されてしまう役で、途中切戸口から退場します。主君・多田満仲(ただのまんじゅう)の子供・美女丸(びじょまる)の身代わりとなるのです。

美女丸は、学問の為に寺に預けられましたが、武士としての稽古に明け暮れ、学問を顧みないために、満仲(ツレ)は家来の仲光(シテ)に、美女丸を殺すよう命じます。

 

幸寿が殺された後、美女丸は比叡山延暦寺の高僧・恵心僧都(えしんそうず)にかくまわれますが、後日恵心は美女丸を伴い満仲の御所を訪れ、親子の再会を果たします。
この際、満仲は「幸寿が死んだときになぜお前も一緒にしななかった」と叱責します。すると恵心は、「ここは何を措いても、幸寿の弔いと思い美女丸をお助けなさい」と泣いて懇願します。
それによって、満仲は美女丸を許しますが、この後恵心は仲光に向かって「めでたい折なので、一指し舞を舞いなさい」と、とんでもないことを言います。

 

この一連のやり取りが、この曲の非常に理解に苦しむところで、全てが封建社会の建前や武士の意地であることを汲んでも、許せない、と個人的に(子を持つ親だからこそ)感じるところです。

封建時代の、主君の為には命をも賭す、現代人にはとても理解できない感覚の中で構成されており、悲しい曲です。それゆえ、ちょっと後味が悪い面がありますが、人間の性(さが)のエゴイズムで、人が悲しみに暮れる姿に同情しつつ、客観的に、傍観して演劇を楽しむことが出来るのでしょう。現代の小説やドラマの方が、余程残酷に構成されているかもしれません。「能にしては残酷」、ということでしょうか。

幸寿を殺す表現は、能らしく、露骨には表現しません。シテの仲光が、我が子の幸寿をめくら討ち(目をつぶって斬る)に斬る型をして、太刀を幸寿の前に放り投げ、すぐさま幸寿役の子方は立ち上がり、切戸から退出し、その残った太刀を幸寿の遺骸としてお客様には想像していただきます。

 

ところで、凜太郎は今年12月にも『竹雪(たけのゆき)』という希曲で、舞台上で死ぬ役を勤めます(月並能)。大雪の中、意地悪な継母から庭の竹の雪を払うよういいつけられ、家からは閉め出され、雪に埋もれて遂に死んでしまいます。その表現として、白練(しろねり)という、真っ白な装束を横たわった子方の上に頭から足まですっかり掛けてしまいます。

ところが、こちらの曲は、なんと最後に生き返ります!竹林の七賢人の力により・・・。

能には、本当に色々な曲がありますね。

舞台復帰

先月3月23日からの休業宣言から約1か月が経ち、先日4月26日(日)、面を掛けた能役者としての舞台復帰を果たしました。しかも新作能『オセロ』のデズデモーナ役で。

今から約1か月余り前の3月24日に声帯ポリープ切除手術を受け、10日間の沈黙療法を経て徐々にリハビリをしておりました。
その後、時間制限付きの発声許可が出ましたが、日常会話のみの許可で、本業の「謡」の発声許可が出たのは手術後ちょうど3週間後の4月15日。この日は、自宅舞台にて終日お弟子さんの稽古日にしており、おそるおそる、加減しながら、お弟子さんの稽古というよりも、自分の発声練習のようで、なんだか申し訳ないようでした。

ガサガサ声で、まだ感覚が掴めなくて、一抹の不安がよぎりましたが、その後、日ごとに快復。気持ち良いように謡の声が出始めました。
現在、まだ完全なる本調子ではありませんが、毎日謡うのが楽しみになっています。

自らの声の調子を測るのに、手術前から謡っているのが『羽衣』のキリ(「東遊びの数々に」~最後)。音高の幅が広いのと、息を出し続けて歌わなければならないので、自分のその時々の調子を測るのに最適だと思います。手術当日の朝、手術着に着替えてから病室で謡ったのですが、その時よりも、今は明らかに楽に発声出来ています。

特に、宝生流が多用する「カン(甲)グリ」という最高音を出すのに、無理な圧力が必要無くなりました。

今後の主な舞台出演予定は、
色々な会で珍しい曲の地謡の役が続き、5月中旬には伽羅の会(笛方・八反田智子師社中発表会)にて舞囃子『海人』を舞い、名古屋での新しい企画の「謡講」の催しにて素謡『藤』を独吟でまるまる一曲、そして6月6日(土)には、10周年になる私の社中の記念発表会があり、番外にて一調『東北』(大鼓・亀井広忠)を勤め、6月20日には能『八島』のシテを勤めます。その一週間後には佳名会・亀広会(亀井忠雄師・広忠師社中会)にても舞囃子・地謡を勤め、7月には家元に一週間随行してイタリア・ミラノ万博ジャパンデーの出演。

これだけ並べてみたのは、別に自慢でも不満でもなくて、舞台復帰後、こんなに立て続けに舞台の機会があって、心から嬉しく思っているのです。

しかし、考えるにつけても、このタイミングで手術を受けて、本当に良かった。

また一から頑張ります!

発声許可!

涌宝会会員様から
お見舞いに頂いた美しい花と共に。このように元気にしております。

 

本日、再度診察があり、発声許可が出ました!

と言っても、
1時間に5分間程度。
朝10分間・昼10分間・夜10分間。
1日に30分間。

「おはようございます」などの挨拶から初めて、ウッカリ喋ってしまうことも換算して、ほんの少ししか話せません。

もちろん謡や、大きな声は厳禁。
静かなところで近くで聞こえるくらいの普通の大きさで、とのこと。
ささやき声はかえって良くないようです。

さて、早速、そーっと声を出してみると、しわがれ声。仕方ないですね。

徐々にリハビリしていきます。