父のこと2

(つづき)
私が能の道を選んだ時、父は、息子が未知の世界に足を踏み入れるのですから、さぞ不安だったろうと思います。
私が内弟子修行に入る直前にバブル経済が崩壊して、まだ世の中がそれを信じられなくてもがいていた時、日本の終戦から高度経済成長期を歩んだ証券マンの父は、多少無常感を感じていたのか、人生金儲けが全てではないから、お前の選んだ道は正しかった、と漏らしたことがありました。
現に私は今、自分の信じる道を歩んで、幸せですし、一度も止めようと思ったことや、後悔したことはありません。
数々の素晴らしい出会いがあって、みな私を引き立ててくれて、自由過ぎると言われながらも面白おかしく生きています。
凜太郎は、きっと私と同じようにはいかないでしょう。たかが二代目とはいえ、生まれながら能の道を歩んでいるのですから。
今は能が大好きと言っていますが、このままいくのはそう簡単ではありません。
凜太郎も好きな道を歩めば良いのです。もちろん好きになるように仕向けて、能の基礎は徹底的に身に付けさせますが。
今の私は、趣味と言ったら「能」と「家族」くらいですが、昔の私を知っている方はご存じの通り、数多くの趣味や道の中から、この道を選んで職業にしただけで、ただ好きなことをやっているだけです。
毎朝、毎晩、食事の前に、子ども達と私たち夫婦は、父の遺影を飾ったお仏壇に花を手向け香を焚き、お参りしています。
反抗期が来た時に、頃合いをみて父の話をしてやろうと思います。