ニシス
「ニシス」という言葉を、今日生まれて初めて耳にしました。
帰宅途中、地下鉄から地上に上がる階段で、前を歩く女の子が、携帯電話片手に「今 ニシスー」と。
私宅の最寄り駅が「西巣鴨駅」なのです。
がっぺんむかつきました(by 江頭2時50分)。
いや、私が時代から取り残されているだけかもしれません。
昔から略称というのはあったようですね。
能『安宅』や『黒塚』に登場する「同山(どうやま・同行山伏)」というのも、いつから誰が言い始めたのか(楽屋用語ではありますが)。
考えたら、「ケータイ(携帯電話)」だっておかしなものです。
「携帯灰皿」だって、
「携帯トイレ」だって
「ケータイ」と呼んで良いのではないでしょうか。
ところで、今は生活必需品の一つに成り上がった、
「スマホ」は、
「スマートフォン」
の略称のはずですが、なぜ
「スマフォ」または、
「スマフ」
でないのでしょうか。
人名の場合は、略称がかっこいいと愛称になって良いですね。
古くは
「阪妻(阪東妻三郎)」
「勝新(勝新太郎)」
最近だと
「キムタク」
「辰満(?)」
これが、
「わくそう」または「わくそ」
では格好がつきません。
くやしいです!
傘
天気予報では傘マークが並んでいますが、走り梅雨にはやや早いでしょうか。
傘を無くすのが得意です。
時々病気かと思うくらい。
もともと自他共に認める「超」雨男で、傘が常に手放せませんでしたが、なぜか子供が産まれてから、体質が変わったのか、相変わらず風雨はついてまわりますが、私自身は濡れることが無くなりました。
どんなに雨が続いても、外に出ようとすると、雨がおさまるのです。
時々神かと思うくらい。
だから傘の存在を忘れます。
良い傘を買えば大事にして無くさないだろうとも思いますが、そうでもないようです。
行動範囲のあちこちの傘立てに、自分の物らしき傘が置きっぱなしになっていますが、私の物という証拠が無いので、そのままにしてあります。
先日また新しく傘を購入しましたが、遂には娘の髪を縛る飾り付きのゴムが取っ手に装着されました。
これで無くすようならば、一度お医者様にご相談しようかと思います。
苧環

玄関の苧環(オダマキ)の花が咲きました。
つぼみの時はなぜか下を向いていて、まさに糸を繰る苧環の形。
能『三輪』の曲中、「苧環に針を付け 裳裾にこれを閉じつけて あとをひかえて慕い行く」と、神話をなぞり舞い謡います。
洒落た名前ですね。
いにしへの 奈良の都の
ここ数日の間に、3人もの方に、妻の名前を聞かれました。
実は、5月26日(土)矢来能楽堂にて私の主宰する同門会を催しますが、今回初めて娘(3歳)を舞台に出します(独吟『絃上』)。
番組が完成し、能楽堂に置かせていただいておりますが、「和久」の付く女性名をご覧になって、妻が舞台に出るとお思いになったのでしょう。
妻には、稽古はしません。昔一度やってみましたが、「稽古ごっこ」をしているようで、恥ずかしくて中断してしまいました。
するならば、他の先生についてもらいます。
しかし娘はそういう訳にはいきません。
日頃、凜太郎に「稽古するぞ」と言うと、「わたしも」と付いてきます。
正直、凜太郎の稽古で精いっぱい。しかし、「お兄ちゃんばかりずるい」となるのです。
お舞台のごほうびも狙っているのでしょう。なかなか若い女性はしたたかです。
あと1ヶ月と少し。本当にできるのかしら…。
おかげさま
昨日、五雲会にての『小袖曾我』、おかげさまで何とか無事済みました。
風雨のなかご来場いただき誠にありがとうございました。
力強い地謡、心強い後見、また、頼もしいツレに助けられて、今持っている力は大したことはありませんが、存分に出せたと思っております。
次回のシテは、
〈名古屋〉
6月17日(日)『是界(ぜがい)』(名古屋能楽堂 名古屋宝生会定式能)
〈東京〉
9月15日(土)『龍田』(宝生能楽堂 五雲会)
です。
本日は、七宝会定式能にて、舞囃子『花月』を勤めるべく、大阪・香里園に向かっております。
休息は十分取りましたので気力充実、精一杯舞い勤めます。
直面雑感
再来週(4月14日土曜日)勤める『小袖曽我』は、直面(ひためん)の能です。
直面とは、面をかけずに素顔で舞台に立つこと。
自分の顔を能面として扱う心得を要求されるので、表情を出すことは許されません。
実は私、直面のシテを勤めるのは初めて。
ツレや仕舞、舞囃子などはもちろん直面で数多く勤めておりますが、シテとなるとどうなるのでしょうか。
自意識過剰なだけかもしれませんが、顔を見られている、と感じるのが恥づかしいのです。
今回は直面と言っても、侍烏帽子(折烏帽子とも)という物を頭に載せているので、それ程は心配はしていません。
歌舞伎の化粧と同じく、能の場合も面をかけたり、鬘や冠をつけることによって、「変身」を遂げて、腹をすえる事が容易くなるのかもしれません。
鏡の間で面をかけて、自分の姿を見ていると、やはり「その気」になってきます。
この「鏡の間で床几にかけて鏡に自分を映す」行為の時間には、大変個人差があるようです。
出番のぎりぎりまで面をかけずに、直前にかけてすぐ幕の前に向かう人もいますが、私は、かなり早い段階で面をかけて、自分の姿を見込んで、精神を統一したいと考えております。
これは、実はシテの特権(他の役者は出番まで立ったまま)なのですが、直面のシテもやはり、装束が着いたら鏡の前で床几にかけて、自分の姿を映さなければなりません。
どんな気持ちになるのでしょうか。
6月には、名古屋宝生会定式能にて、『是界(ぜがい)』という、これまた直面(前シテ)の能が控えています。
おめでとう!
今日は、我がことのように嬉しいことがありました。
でも、良いことでも言わない方が良い世の中のようなので、内容は言いません。
しかし声を大にして叫びます。
「おめでとう!」と。
君は困難な道のりを歩み始めたが、好きなことを生業に出来る君の未来は明るい!
それは僕の歩んでいる道でもあるから。
お金なんて関係ない!
理想高く生きてくれ!
以上、送る言葉でした。
ガンQ
本日凜太郎の花見稚児、無事済みましたので、ごほうびに例の「ガンQ」をあげました。
凜太郎によると、大きな眼球に見える不気味な部分は、実は口だそうで、良く見ると、目は上部の角のような部分にチョコンとついています。
更に良く見ると、足にも目がたくさん!
見ているだけで吐き気をもよおします。
次回、凜太郎の舞台は、5月26日(土)涌宝会大会(矢来能楽堂)にて、仕舞『西王母』です。
ひな祭り
「灯りをつけましょ ぼんぼりに」
で始まる、ひな祭りの唄の2番、
「お内裏さまとおひな様」
という表現は間違いで、正しくは「雄雛」と「雌雛」だそうですね。雄雛・雌雛二対で「内裏雛」。
また、3番の「赤い顔の右大臣」は「左大臣」の間違い。
でもそんな間違いはどうでもよく、広く長く唄われていることに価値があります。
ところで、昔の唄は旋律が単純で覚えやすく、後世に残っていくのもわかる気がします。
文部省唱歌に取り入れて、学校で唄われるような曲は、皆旋律が単純で、歌詞もきれいな七五調が多いようです(最近はわかりませんが)。
演歌・民謡・詩吟・長唄・謡曲の類も、それぞれの分野内で言うと、基本的な旋律や、使っている音階は実は限られていて、そのパターンを入れ替えてバリエーションを増やしているだけです。
それ故に、レパートリーが増えれば増えるほど、似通ってきて覚えにくい(紛らわしい)ということが出てきます。
それに比べて、最近の歌謡曲は言葉と旋律・リズムの当てはめが複雑で、何度か聞いただけではとても覚えられません(私だけ?)。
子供のアニメでさえ、拍またぎの文字を詰め込んだ主題歌になっていて、お父さんは全くついていけません。
しかし今の子供はさすが、生まれた時から複雑な音楽に慣れ親しんでいるので、ラップ調の歌詞の詰め込みでも、自然と身に付けてしまいます。
まあ、だからカラオケが苦手です。
「能楽師だからカラオケも上手じゃなきゃおかしい」
という人がいますが、はたしてそうでしょうか。
第一発声が違います。どうしても長年の訓練の結果、大きな声を出すと謡曲風になってしまうので恥づかしいのです。
新曲を皆さんよく歌えるものだと感心します。
カラオケで歌を勧められて、古い歌を歌えば、なんだか場にそぐわない時もあるし(かと言って、古い歌もそんなに知らないし)。
私の高校時代がカラオケボックス全盛で、その後長く流行っていましたが、最近はカラオケに連れていかれることも少なくなりました。おかげで心を平静に保てます。
飲んでいる席では、人とお話しをするのが好き!
着付け教室
今日は、自宅・飛鳥舞台にて、涌宝会会員希望者の『着付け教室』を開催しました。
(ああ、やはり写真を撮り忘れた。今日は開始前に「忘れずとりましょう」と言ってあったのに。ブログに載せようと思ったのに。)
帯と袴を中心に、1時間半。カメラ・ビデオ撮影も自由。今度の5月26日(土)涌宝会大会に向けて、懸命に覚えようと努力して、大体皆さん一通り着られるようになりました。
袴の畳み方、バッグで持ち歩く場合の収納の仕方もマスターしました。
着物・袴の着付けは、なかなかコツが要るもの。年に1・2回の発表会では、玄人の先生が着付けを手伝ってくれますから、到底覚えられるわけがありません。
今後も、ご希望があれば開催していきたいと思います。
終了後、ティーパーティー(これが眼目)。新しいお弟子さんも皆打ち解けて、楽しい午後を過ごしました。
