わくさん
10年ほど前から、「わくさん」と呼ばれるようになってきました。
何をいまさら、当然じゃないの、とお思いになるかもしれません。
いえ、イントネーションの話です。
「たくさん(沢山)」と同じイントネーション。
私としては、「おくさん(奥さん)」と同じイントネーションだと思っているのに。
これは、『踊る大捜査線』の影響だと考えております。そう、ドラマ内の故・いかりや長介の役が、私と同じ名字の「和久」なのですね。
主演の「青島」役の織田裕二が、劇中「和久さん!」とよく叫んでいたのです。
と言っても、実は私はこのドラマを一度も見たことがありませんでしたので、なぜ皆イントネーションが変わり始めたのか、全く理解できませんでした。
最近では、初対面の方には9割方「たくさん」の方で呼ばれますので、もしかしたら本当は私が間違っていたのかしら、とも思い始めています。
いかりや長介が亡くなった後も、引き続き伊藤淳史が甥っ子役として「和久さん」で登場しているようですから、これは相当年数続きそうです。
フルネームだと、「和久荘太郎(杉良太郎と同じイントネーション)」という風に、音が下がっていくのに、名字に「さん」が着くと、なぜか音が上がっていくのです。
これは、後に続く文字数が少ない場合に起こるのではないかと考えております。
例えば、「谷啓(たにけい)」と「谷亮子(たにりょうこ)」。同じ「たに」という名字でも、前者は音が上がっていき、後者は下がっていきます。
このような研究結果が既にあるようでしたら、ぜひご教示願いたいと思います。
こんなくだらないことを考える暇があるということは、私もまだまだ暇人の領域を出られない凡庸です。
NOH-AGE『鵺』始動!


8月5日(金)20時開演、渋谷・東急セルリアンタワー能楽堂にてのNOH-AGE『鵺(ぬえ)』のチラシ(ハガキ)が完成しました。
また、宝生流宗家・宝生和英師主宰の和の会公式ホームページにても、本格的な宣伝活動が始まりました。どうぞご覧ください。
『鵺』の前シテ。この不気味な写真の中身は私。一応言っておきますが、面をかけておりますよ、ちゃんと。妙にハマっていますが素顔ではありません。
鵺の亡心が、このような異形の出で立ちで、舟に乗ってお坊さんの前に現れるのです。
写真は、自分を退治した源頼政(みなもとのよりまさ)になりきり、鵺に矢を放っている型。鵺自身が役を倒錯して物語る「仕方話(しかたばなし)」で、自身の最期を語り、僧に成仏を願います。
チケットは全自由席3000円(学生2500円)。和の会公式ホームページ、宝生能楽堂(03─3811─4843)、または当ホームページにても承ります。
200席と、定員が限られておりますので、お早めのご連絡をお願いいたします。
今週金・土
来る7月1日(金)、渋谷・松濤の観世能楽堂にて、「亀井忠雄の会」が催されます。
人間国宝の葛野流大鼓方・亀井忠雄師の古稀の記念の会。
観世流宗家・観世清和師の『関寺小町』、片山九郎右衛門師・観世喜正師他の『石橋』と、この上ない番組。
宝生流は、葛野流大鼓方6人による連調の地謡を、亀井保雄・雄二親子と私で勤めます。
大鼓の、しかも玄人の連調というのは大変珍しく、見たことも聞いたこともありません。
曲は、当日のお楽しみ。
残念ながら、チケットは発売当日に即完売だそうです。さすがですね。
次の日、2日(土)は、千駄ヶ谷・国立能楽堂にて、亀井忠雄師・広忠師の同門会「佳名会・佳広会」が催され、こちらは入場無料。
お弟子様方の日頃の成果が発表されます。
といっても、前日に引き続き、観世流・宝生流より錚々たる顔ぶれ。
大鼓のみお弟子様で、他の囃子も全て玄人が固めます。
私は、初番(10時開演)の舞囃子『熊坂』を勤めます。他、地謡10番ほど出演。
こちらとしても、大変勉強になる催しですから、気合いが入ってきました。
私のは置いて、その後の番組は、私自身も見所から一日中拝見していたいような曲と出演者です。
それでは。
御礼参り
今日は、大阪能楽会館にて、若手の催し。宝生流は、舞囃子『絃上(けんじょう)』シテ辰巳大二郎。私は地頭を勤めました。
申し合わせの為に昨夜から大阪入りしていましたので、昼間の空き時間を使って、住吉大社に参拝してまいりました。
住吉大社と言えば、能『高砂』の後半、神主友成が高砂の浦を出帆して住ノ江に着くと(有名な「高砂や、この浦船に帆を上げて」のところ)、住吉明神が若い男体の姿で現れ、颯爽と神舞を舞う、あのゆかりの地ですね。

大鳥居をくぐった正面の太鼓橋。大変なカーブです。

第一本宮の右奥に、「五所御前」という、写真のように、一本の杉の木を神木として、玉垣で囲った小さな宮があります。
この敷石に、よく探さなければ見つかりませんが、「五」「大」「力」の3文字のいずれかが書かれていて、その3つを全て見つけて身につけると、心願成就するというのです。
昨年のちょうど今頃、住吉大社に参拝し、この五大力を身につけたら、なんと翌月に心願成就の兆しが!現在住まいしております舞台付きの家の話が舞い込んできたのです。
そして、とんとん拍子に話が進み、3ヵ月後には住み始めました。
これらは、実はさる御方のお取り計らいや、家の持ち主の方の人柄に依ったものだったのですが、これらの人の縁そのものにも、人智を超えたものを感じました。
元来、そういうことはあまり信じないタチでしたが、人に感謝しつつ、そのようなご縁に恵まれたことを、何かこう、大きくて目に見えない存在に感謝する、それが神様なのかなとも思います。
今回は、その御礼参り。
『心願成就したら、身近などこの石でも良いので3つ拾い、「五」「大」「力」を墨書して、倍返しして下さい』
という作法に倣い、自宅の庭の敷石を拾い、墨書してお返ししました。
なんだか、幸せを次の人に繋げていくような作業に思えて、心が温かくなりました。
今日の僕は「いい人」になったような気がします。気のせいですね。
収穫


今朝、屋上菜園のジャガイモとインゲンマメを、息子と収穫しました。
ジャガイモは、3月末にタネイモを1個買い求め、半分に切って特大の植木鉢に埋めて、3ヵ月弱でできました。
植木鉢ですから、あまり大きい物は期待していなかったのですが、思いの外上出来で、5センチくらいのが6・7個、小ぶりのが数個出来て、早速蒸かして新ジャガを味わいました。
インゲンマメは、プランター2つに種まきして、丹精込めて水やりし、つい最近小さくてかわいい白い花が咲いたなと思ったら、いつの間にか鈴なりに出来ていて驚きました。
小さいのは残したので、まだまだ毎日収穫できそうです。
「つるなしインゲン」という種類で、支柱を立てなくて済んだので、割と気軽にできました。
同時期に蒔いた「枝豆」がもう少しで収穫できそう。カラスに狙われないか心配です。
また後日。
6月11日(土)若鯱能
明後日6月11日(土)13時開演、名古屋能楽堂にて、「若鯱能(わかしゃちのう)」が開催されます。
宝生流は、初番の能『生田敦盛(いくたあつもり)』シテ・衣斐愛さん。子方は、愛さんの長女・坂口侑ちゃんです。
私は、地頭を勤めます。隣には、おなじみ内藤飛能(とびよし)さんに加えて、4月から上京して玄人の道を歩み始めた江渕陽三君。
年の差はあれど、皆将来の名古屋の宝生流を担っていく仲間です。
他に、喜多流能『源氏供養』金剛流能『鉄輪(かなわ)』、和泉流狂言『千鳥』。
全自由席2000円(学生1000円)、当日受付にても購入可能です。
若いエネルギッシユな舞台を、ぜひともご覧ください。
今日は何の日?
6月6日。UFOが、あっち行ってこっち行って落っこちた日ですね。
息子にドラえもんを書かせてみました。

一応、絵描き歌通りなのですが・・・。こわいですね。
ちゃんと、6月6日にUFOがあっち行ってこっち行って落っこちて、お池が2つできていますから、文句は言えません。
幼児画の世界は奥が深い…。
カミングアウト2
(つづき)
言葉は、皆さんご存知名古屋弁。昔、タモリが「ミャー」とか、「エビフリャー」など流行らしましたが、さすがに誇張し過ぎだとは思います。
給食が済み、昼休みになると先生に「はよー(早く)机をつれー」と言われ、困惑しました。
後になって、掃除をするためにイスを逆さに机に載せて、後ろへ移動することを「つる」と言うことがわかりました。
(漢字は、未だにわかりません。「吊る」でしょうか?「釣る」?)
郷に入っては郷に従えのたとえ通り、私もだいぶ無理して名古屋弁を使ってきましたが、生粋の名古屋の方が聞くと違和感を感じているようなので、最近無理は止めました。
名古屋人になりきれぬまま上京し、しかし周りの期待に沿うよう、名古屋人のフリをしなければならない苦しさ(大げさ)。
ここにカミングアウトいたします。
わたしは、…あれ、ナニ人でしたっけ。
もういいや、宇宙人で。うちの会は涌宝会(ユーホー会)だし。
(これが一番言いたかった)
名古屋を「生まれ故郷」だとは思っておりませんが、誤解いただきたくないのは、名古屋の能楽界には大変感謝しております。私を導いてくださった方々のおかげで、今の私があります。
今後とも、名古屋の能楽発展、引いては日本の能楽発展のために尽力して参ります。
ある方のご協力を得て、名古屋宝生会のホームページも作成中です。
さらなる修行と宣伝により、良い舞台を提供して、能をご覧になる方と習う方、両方をもっともっと増やしたいと思います。
カミングアウト
出稽古のため名古屋に向かっております。
名古屋は、私の出身地ということになっています。
でも、生まれたのは、先日の記事でも書いたように山梨の病院。自宅は、横浜でした。
父親が転勤族だったものですから、その後、小田原、東京(杉並)、仙台、と移り住んで名古屋に行きました。
能に出会ったのは、名古屋で中学3年生の時。感銘を受け、高校生から玄人の修行が始まり、上京して現在に至りますので、能楽界では私は名古屋出身ということになっています。
小学5年生で名古屋に引っ越した時は、独特の食文化に驚きました。
給食の赤だしの味噌汁。両親は関東出身なので、家でもついに赤だしが出ることはありませんでした。
みそカツ、味噌煮込み。今では大好きですが、初めは土食ってるみたい!(失礼)と毛嫌いしました。
喫茶店では、過剰、いや行き届いたサービスで、コーヒーには、必ずおつまみがつきます。
焼きそばの上には、目玉焼きと福神漬けが乗っていて、ライスが付きます。
冷やし中華には、皆必ずマヨネーズをかけて食べます。
(つづく)
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ある方から、このブログの記事と涌宝会のホームページについて、誤字と間違った言い回しのご指摘のメールを頂戴しました。
恥ずかしく思い、早急に対応して、お礼のメールをお送りしました。
言いにくいことをわざわざ言って下さる方は、ありがたいですね。
気をつけてはいるつもりですが、無学文盲、目は節穴ですから、まだまだ間違いが見つかるかもしれません。皆さま、今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。
ご連絡はこちらまで。応援メールもお待ちしております(^_^)/
