大会終了

先日5月26日(土)涌宝会大会、つつがなく終了しました。
辰巳満次郎師をはじめとしたシテ方の先生、囃子方の先生の心のこもったご助演により、会員一同気分良く舞台を終えたようです。
神楽坂の「別邸 鳥茶屋」にての懇親会では、先生方にもご同席いただき、会員も普段お近づきになれない能楽師と和気あいあい。
会主の私からご挨拶させていただき、辰巳満次郎先生の心のこもったお言葉と、景気の良い乾杯のご発声を頂戴しました。
裃にて、喜寿記念披露の素謡を勤めた金重さんのご挨拶、また、初舞台を踏まれた新会員6名の感想を聞き、今回も、皆さんよく稽古を積まれたなと感心しました。
歴史は浅い会ですが、当会も7年を迎え、徐々に会としてのまとまりが出来てきました。
私も、皆さんと共に成長して参りますので、これからも共に稽古に励みましょう。
来年は、7月13日(土)名古屋能楽堂にて、地元職分の佐藤耕司師の司宝会と合同にて催します。

新作能『散尊(サムソン)』

新作能『散尊(サムソン)』が動きはじめました。

新作能『散尊(サムソン)』
本年8月21日(火)午後7時開演
於・国立能楽堂(千駄ヶ谷)
シテ(力者サムソン)辰巳満次郎
ツレ(詩人ミルトン)金井雄資
ツレ(遊女デリラ)和久荘太郎
間狂言(ミルトンの娘)石田幸雄
笛 藤田六郎兵衛
小鼓 吉阪一郎
大鼓 亀井忠雄
太鼓 観世元伯
地謡 今井泰行他
制作 橋の会事務所
作詩 高橋睦郎
演出・節付け 辰巳満次郎
 
『失楽園』を記したジョン・ミルトンの、劇詩『闘士サムソン』を元に、詩人の高橋睦郎氏が作詩と能への変換をして、節付けと型付けを辰巳満次郎氏が行い、一曲の能に仕上がりました。
 
私は、サムソンが寵愛した敵方の美女・デリラ役という、かなり重要な役を勤めます。
 
前半、サムソンとデリラが老人・老女の姿でミルトンの前に現れ、正体をほのめかして、姿を消し、後半、サムソンとデリラが在りし日の姿で再び現れ、生前の様子を再現します。
 
国際ミルトン・シンポジウム記念行事の一環で、昨年8月上演予定でしたが、大震災の影響で一年先送りして、本年8月の上演となりました。
 
宝生流では新作能は大変珍しいことですが、シテ兼演出の辰巳満次郎師は、これまで『マクベス』『六条』『光明』などを手がけ、評価を受けてきましたので、この度の『散尊』の出来上がりも楽しみにしていただいて良いと思います。
 

全指定席
A席7,000円
B席5,000円 
C席3,500円
学生券2,000円
 
申し訳ありませんが、私のチケットの取り扱いはございませんので、お問い合わせは以下に直接お願いいたします。
なお、売り切れの際はご容赦下さいませ。
 
〈チケット取り扱い〉7月31日まで
青山キャンパス内青山学院購買会
電話03-3409-4401
店頭販売/電話予約(休祭日を除く10~17時にお申し込み、代金・送料の銀行振込によるご入金確認後に郵送)
 
主催・青山学院大学文学部英米文学科
共催・日本ミルトン協会
後援・日本英文学会/ブリティッシュ・カウンシル
助成・青山学院大学英文学会

煩悩

当ブログも投稿108回目です。
私は煩悩のかたまり。
いつ死んでも良いように今後ともはりきってまいります。

天気予報では傘マークが並んでいますが、走り梅雨にはやや早いでしょうか。
傘を無くすのが得意です。
時々病気かと思うくらい。
もともと自他共に認める「超」雨男で、傘が常に手放せませんでしたが、なぜか子供が産まれてから、体質が変わったのか、相変わらず風雨はついてまわりますが、私自身は濡れることが無くなりました。
どんなに雨が続いても、外に出ようとすると、雨がおさまるのです。
時々神かと思うくらい。
だから傘の存在を忘れます。
良い傘を買えば大事にして無くさないだろうとも思いますが、そうでもないようです。
行動範囲のあちこちの傘立てに、自分の物らしき傘が置きっぱなしになっていますが、私の物という証拠が無いので、そのままにしてあります。
先日また新しく傘を購入しましたが、遂には娘の髪を縛る飾り付きのゴムが取っ手に装着されました。
これで無くすようならば、一度お医者様にご相談しようかと思います。

涌宝会大会

来月5月26日(土)矢来能楽堂にて、私のお弟子さん達の発表会「涌宝会大会」を催し、日頃の稽古の成果を披露します。
10時開演、会員全員の連吟『鶴亀』(無本)を皮切りに他、舞囃子11番、素謡・仕舞・独吟など。
歴史の浅い会で、お弟子さんも初心者が多いのですが、皆さん少しずつ、発表会という物にも慣れて来たようです。
舞台で自分を表現することに、だんだん気持ち良くなってくるころでしょうか(?)
素謡『三笑(さんしょう)』は、金重瑞夫さんの喜寿の記念披露。シテの金重さん以外全て玄人で固め(ツレ 和久荘太郎・澤田宏司、地謡 辰巳満次郎・水上優・和久荘太郎・澤田宏司)、特別なこととて全員「裃(かみしも)」を着て勤めます。
小学一年生の尾澤征哉くんが仕舞『鶴亀』で初舞台。幼稚園の時に、自分からお能を稽古したいと言い出した子で、大変楽しみです。
以下は私事ですので、聞き流して下さい。
娘の八重子(幼稚園年少)が、独吟『絃上』で初舞台。お父さんは心配です。
息子・凜太郎(幼稚園年長)は、仕舞『西王母』。父の厳しい稽古に耐えられるでしょうか。
会のトメに、舞囃子『邯鄲』を「盤渉(ばんしき)の小書付き(特殊演出)で、不肖私が勤めさせていただきます。
昨年の当会で、舞囃子『唐船』を「盤渉」で勤めました折には、笛を森田流の栗林祐輔師にお願いしましたが、今回の『邯鄲』は、藤田流の竹市学(たけいち・まなぶ)師にお願いしました。
藤田流は、古くは尾張藩お抱えの名古屋独自の流派です。
現在5名の藤田流笛方がいますが、いずれも名手揃いで、中でも竹市学師は、スラムダンクの桜木花道似のイケメンにして、とても力強い笛を吹く実力者。
普段から名古屋ではお相手していただいていますが、東京の地でお相手したく、是非にとお願いしました。
「盤渉」の小書が付くと、曲中の「楽(がく)」という唐楽を模した曲の笛の音高が、常の演奏よりも一調子高い盤渉調になり、華やかになります。
森田流の盤渉楽は、一噌流のそれに比べてかなり複雑に作曲されていますが、この藤田流は更に複雑に作られていて、三流派それぞれ全く別曲と感じます。
それぞれの笛の流派に合わせて、シテの舞の型や足拍子も変わるので誠にややこしいのです。
めったに聴くことのできない藤田流の盤渉楽を聴きに来て下さい。
お問い合わせはこちらまで。

あまのじゃく

「ブログ見てるよ」
とおっしゃっていただくと、大変嬉しいのに、恥づかしいので、
「見ないで下さい」
と心裏腹なことを言ってしまいます。
これは賎しき私の胎内に宿る天の邪鬼のなせる業。お気を悪くすることなく、
「ホントは嬉しいのだな」
とご理解いただき、今後ともなにとぞご高覧下さいますようお願い申し上げます。

能の逆説表現

能『是界(ぜがい)』をはじめとした、天狗をシテに配した「天狗物」には、能独特の逆説表現として、「中入来序(なかいりらいじょ)」や「大べし」があります。
両者とも、囃子事の一種で、
「中入来序」は、能の前半、シテが正体を明かして、幕へ一度引っ込む際に囃される、極ゆっくりとした、囃子。
「大べし」は、能の後半、シテの登場音楽として囃される、これまたゆっくりとした囃子。
両者に共通するのは、「極ゆっくり」と囃すことですが、そこには、ただゆっくりとしているだけではなく、「豪壮さ・強さ」があります。
そしてそれに伴うシテの極ゆっくりとした動きは、実は逆説表現で「極速い」ことを表しています。
昭和の宝生流の名人・近藤乾三師の著作によると、鳥や飛行機が実際には超高速で飛んでいるのを人が地上から見ると、ゆっくり飛んでいるように見える、まさにあれを能の舞台上で表現しているのです。
いくら速く見せようとしても、演者の肉体と観客の動体視力・脳の処理能力には限界があります。ましてや、能はサーカスではなく「芸」です。
脳の「残像現象」を利用したような、前衛的な表現。
先人が「天狗物は(強さの中に)優しく」と言うのは、これが一つの理由かもしれません。
ここにも天狗物の難しさがあります。
(自分でハードルをあげてる?)

6月17日(日)名古屋宝生会定式能『是界』


来る6月17日(日)名古屋宝生会定式能にて、能『是界(ぜがい)』のシテを勤めます。
中国の天狗の首領・是界坊(ぜがいぼう・シテ)と日本の天狗の首領・太郎坊(ツレ)が相談して、比叡山を襲いますが、比叡山の高僧(ワキ)が不動明王をはじめとした諸天をして退治せしめ、翼ももげて地に落ち、もう二度と来ないと約束してほうほうの体で逃げ帰る、という、まるで童話のようなお話。
前半は、天狗の仮の姿である山伏の出で立ちで、先日の『小袖曾我』に引き続き、直面(ひためん・能面をかけずに素顔を能面として扱うこと)。
後半は、大天狗の出で立ち。「大べし見」という、大きな口を一文字に結んだ大ぶりの面をかけて、大天狗を表します。
「天狗物」と言われる一群のシテは、『鞍馬天狗』を除いて、概して大真面目な半面間抜けな感じがして、私はそこにとても愛嬌を感じて、大好きです。
ただ、天狗物というのは、おいそれと出来るものではありません。
先人の言う、「強さの中に優しさを」と言うのは、今の私にはまだ到底出来かねるでしょうが、稽古を重ねるうちに、少しでもそれがわかってくるのかもしれません。
(つづく)

苧環


玄関の苧環(オダマキ)の花が咲きました。
つぼみの時はなぜか下を向いていて、まさに糸を繰る苧環の形。
能『三輪』の曲中、「苧環に針を付け 裳裾にこれを閉じつけて あとをひかえて慕い行く」と、神話をなぞり舞い謡います。
洒落た名前ですね。

いにしへの 奈良の都の

ここ数日の間に、3人もの方に、妻の名前を聞かれました。
実は、5月26日(土)矢来能楽堂にて私の主宰する同門会を催しますが、今回初めて娘(3歳)を舞台に出します(独吟『絃上』)。
番組が完成し、能楽堂に置かせていただいておりますが、「和久」の付く女性名をご覧になって、妻が舞台に出るとお思いになったのでしょう。
妻には、稽古はしません。昔一度やってみましたが、「稽古ごっこ」をしているようで、恥ずかしくて中断してしまいました。
するならば、他の先生についてもらいます。
しかし娘はそういう訳にはいきません。
日頃、凜太郎に「稽古するぞ」と言うと、「わたしも」と付いてきます。
正直、凜太郎の稽古で精いっぱい。しかし、「お兄ちゃんばかりずるい」となるのです。
お舞台のごほうびも狙っているのでしょう。なかなか若い女性はしたたかです。
あと1ヶ月と少し。本当にできるのかしら…。