怒涛の日々2

前回の続きです。

 

『通盛』のツレは、平通盛の妻・小宰相の局役。第一声で夜の鳴門海峡の景色を作り上げなければなりません。他曲には見られない節(メロディー)が数々あり、この役の重要さを表しています。『松風』のツレのように、シテとの同吟が続く、責任ある役で、心して稽古しております。

 

翌週の『邯鄲』は、夢の中で帝王となり、50年の栄耀栄華を極めて大宮殿で舞を舞いますが、夢から醒めるとただ粟の飯が炊ける束の間のことだった、という、「悟り」と裏腹な「無常感」を伴った名曲。凜太郎は、舞人として、私の夢の中に登場して舞を舞います。

 

この『邯鄲』が済んだら、食事の間も無く帰京し、翌朝からイタリアへ発ちます。8日間の旅程で、『翁』の千歳を2回と、『復活のキリスト』のマグダラのマリア役1回。全て家元のシテによる相手役で、光栄なことです。

 

『翁』は、各役とも、1ヶ月乃至7日間の別火精進をして身を清め、肉食・飲酒・女色を避けて臨む、「能にして能にあらず」と云われる神聖な神事の曲。イタリアに行っても、私は残念ながらワインは楽しめません。

 

『復活のキリスト』(宝生九郎作)は、54年振りの上演となる、宝生流公認の新作能。シテはキリストで、私の勤めるツレは、マグダラのマリア役。今回、家元とご相談しつつ、新たな演出を作りあげていく作業に時間をかけました。

今まで、辰巳満次郎師の数々の新作能では、4曲ほど大事なツレを勤めさせて頂いておりますので、少しその経験が役立っているかもしれません。

 

6月末に帰国すると、いよいよ演能空間の『自然居士』に専念。人買いから足許を見られて様々な芸を要求されますが、両親の追善のために我が身を売った少女を救わんと、散々に痛ぶられながらも、芸を見せ続けます。舞うことに生き甲斐を感じる私としては、大変やり甲斐のある曲。

同時上演の凜太郎の能『花月』も、『自然居士』同様、芸づくしで、お客様を楽しませます。


怒涛の日々1

ブログの更新が滞るのには、私にしかわからない理由がありますので、いい訳にしかなりません(まあ、いつものことですね)。

去る5月中旬には、能『巴』を勤め、その後、涌宝会大会(私の社中発表会)の為に、お弟子さんの最後の詰めの稽古。

涌宝会大会にては、私自身も舞囃子『氷室』と『巻絹』を勤めました。

それに加えて、下記の役を並行して稽古してきました。

明日から7月にかけて、更に以下の怒涛の日々が続きます。

 

◆6月11日(日)能『通盛』ツレ(月並能 宝生能楽堂)

◆6月18日(日)能『邯鄲』シテ(名古屋宝生会定式能 名古屋能楽堂)

◆6月21日(水)『翁』千歳(イタリア・ヴィチェンツァ古典フェスティバル オリンピア劇場)

◆6月23日(金)『翁』千歳(イタリア・バチカン勧進能1日目 カンチェレリア宮殿)

◆6月24日(土)復曲能『復活のキリスト』マグダラのマリア役(同上 2日目)

◆7月23日(日)能『自然居士』(第4回 演能空間 宝生能楽堂)

名古屋の『邯鄲』の子方は凜太郎で、演能空間の『自然居士』の他のもう1番は、凜太郎のシテによる能『花月』です。

【つづく】


涌宝会大会 盛会にて

ご無沙汰しています。

いつ見ても、ブログが更新されないとのお声をかなりの数、頂いております。「また気が舞台に向かって集中しているのだな」とか、「元気な証拠」と思って頂ければ幸いです。

さて、取って付けたようですが、

先日、6月2日(金)・3日(土)と2日間に亘り、名古屋能楽堂にて「涌宝会大会」が盛会裏に催されました。

ご出演の会員の皆様には、能2番、他、舞囃子・独調・仕舞・連吟などで、日頃の稽古の成果をご披露頂きました。

ご助演の能楽師の皆様には、心より感謝申し上げます。