能の逆説表現
能『是界(ぜがい)』をはじめとした、天狗をシテに配した「天狗物」には、能独特の逆説表現として、「中入来序(なかいりらいじょ)」や「大べし」があります。
両者とも、囃子事の一種で、
「中入来序」は、能の前半、シテが正体を明かして、幕へ一度引っ込む際に囃される、極ゆっくりとした、囃子。
「大べし」は、能の後半、シテの登場音楽として囃される、これまたゆっくりとした囃子。
両者に共通するのは、「極ゆっくり」と囃すことですが、そこには、ただゆっくりとしているだけではなく、「豪壮さ・強さ」があります。
そしてそれに伴うシテの極ゆっくりとした動きは、実は逆説表現で「極速い」ことを表しています。
昭和の宝生流の名人・近藤乾三師の著作によると、鳥や飛行機が実際には超高速で飛んでいるのを人が地上から見ると、ゆっくり飛んでいるように見える、まさにあれを能の舞台上で表現しているのです。
いくら速く見せようとしても、演者の肉体と観客の動体視力・脳の処理能力には限界があります。ましてや、能はサーカスではなく「芸」です。
脳の「残像現象」を利用したような、前衛的な表現。
先人が「天狗物は(強さの中に)優しく」と言うのは、これが一つの理由かもしれません。
ここにも天狗物の難しさがあります。
(自分でハードルをあげてる?)