鏡の間にて(豊田市能楽堂『葵上』)

昨日は、豊田市能楽堂にて能『葵上』のシテを勤めました。鏡の間にての一コマ。ツレ(照日の巫女役)の内藤飛能さんと一緒に。衣斐愛さん撮影。

本来鏡の間は神聖な場所で、写真撮影などはどうかと思う反面、たまには楽屋裏もチラリとお見せしようかと。自分で言うのも憚られますが、貴重な写真です。


能「呉服」無事 済みました(五雲会)

本日、五雲会(宝生能楽堂)にて能「呉服」、おかげさまで無事舞い勤めることができました。ご来場ありがとうございました。

 

 

機台(はただい)の作り物。本来、「作物出(つくりものだし)」の小書(こがき。特殊演出のこと)の際に出すもので、今回は小書無しでしたが、家元のご判断により特別に出すことに。五色の糸が美しく、舞台効果が高いと思います。

 

現在のこの機台は、宝生流の先輩、東川 光夫氏が先代の家元(宝生英照師)の依頼により25年程前にお作りになったもの。流儀の古い作り物の書き付けでは、五色の糸がもっと機台の全体に掛かっていて、シテはその作り物の前に座る構造でしたが、英照先生の指示で機台の中に座れる構造に改良して作られた、と記憶しております。

 

「作り物」の定義は、演能の度に作って、能が済めば壊す、ということ。これも、今回内弟子さんが苦労して作ってくれましたが、この後あえなく解体される運命にあります。もったいないですね。

 

この作り物は、学生の演能会で初お目見え。英照先生のシテ、東川氏のツレで「作物出」の小書付きで、後シテは相舞(あいまい。シンクロで舞う)でした。

当時、内弟子修行中だった私は、そのときの演能の詳細を事細かに記録してあり、その書き付け(メモ)が今回「呉服」を舞うにあたって大変役立ちました。メモは財産ですね。

 

数年内に再度舞う機会があれば、今度は「作物出」の小書で、ツレとの相舞で勤めさせていただきたいと思いました。


久良岐能舞台

今日は、久良岐能舞台にてのお弟子さんの稽古。

感染防止の為、カーシェアを利用して参ります。月3回、木曜日17時から20時位まで。東京の自宅から横浜への高速道路を使った道のりもだいぶ慣れてきました。自粛期間が明けても、まだまだ道は空いていますね。

 

趣があります。ここで稽古できる幸せ。由緒ある舞台です。詳細は、久良岐能舞台ホームページをご覧ください。

 

 

舞台の脇からの景色。

 

紫陽花が盛りです。今日もこの梅雨時に鶯が美しく鳴いていました。暗くなると、ウシガエルの声も・・・。


久々の武田神社

今日は、3カ月ぶりの武田神社にてのお弟子さんの稽古。カーシェアを使い日帰り。皆さんお元気で何よりでした。

 

能舞台(甲陽武能殿)遠景。芝生の青が眩しい。

 

黒光りした趣のある舞台。

 

橋掛り。右から一ノ松、二ノ松、三ノ松と、ちゃんと正式な遠近法を用いて徐々に小さくなっています。

 

地裏(地謡座側)から。珍しいショット。

 

鏡板の老松も豪快。

 

これは、演者でなければ見られない角度。幕側から橋掛りに向かって。

 

一ノ松から舞台を見て。これも演者ならでは。

 

笛座から幕を見て。

 

能舞台前の、榎の御神木。

 

夏越の祓の、茅の輪くぐり。これを3回方向を変えてくぐると、この夏を健康に過ごせるそうです。長年武田神社に通っていますが、今年初めてくぐりました。

コロナがおさまり、皆健康に過ごせますように。

 

 

 

 

 


文化庁 学校巡回公演

本日は、日帰りで埼玉県岩槻市のある小学校の文化庁巡回公演能『黒塚』に主後見にて出演。

 

この公演も、宝生流としては2年目になりますが、回を重ねるにつれて常に進化しています。

どうやったら子供たちを飽きさせないか、より興味を持たせることができるか、ということを、「影向社」(舞台設営会社)の社長さんや宝生宗家をはじめ担当の能楽師が密に話し合って、より良いものにしようと頑張っています。

こちらはいつも同じ『黒塚』でも、観客(参加者)の子供たちにとっては生まれて初めて観る『お能』。だから、我々出演者各役も気を抜かずに、真剣に毎回舞台を勤めます。

我々にとっても、勉強の場を与えられていることに若手は皆感謝しています。良い流れです。


能『烏帽子折』鏡の間にて

 

 

能『烏帽子折』開演前の、神聖な鏡の間でのショット。辰巳満次郎師撮影。モノクロで奥深い絵になっています。良い記念です。

 

鏡の間で、大映しの三面鏡の前に床机に腰掛けられるのはシテ一人のみの約束。たとえ子方が主役級の役柄であっても。

昨日ここで私は、「一応やっぱり主役なんだ」と自覚しました‥。


能『花月』舞台写真(平成29年1月15日 久良岐能舞台)

先日(平成29年1月15日)の、久良岐能舞台における、能『花月』の舞台写真(撮影・松浦文生氏)です。

至近距離からの撮影により、独特の構図で、私自身の「こう表現したい」という形を捉えて頂いていると感じます。

花月2

少年・花月の登場。

 

花月1

清水寺門前の者(アイ狂言)との「恋の小歌」

 

花月3

花を踏み散らす不粋な鶯を射ようと‥

 

花月4

清水寺の縁起を謡い舞う。

 

花月6

花月5

鞨鼓の舞

 

花月7

簓(ささら)の舞


能『歌占』舞台写真

去る平成28年6月19日名古屋宝生会定式能にて、能『歌占』を親子で勤めました。

 

歌占1
子方・幸菊丸 和久凜太郎

歌占2
生き別れた父親の行方を、占い師(シテ・渡会家次 和久荘太郎)に判じてもらう。まさかこれが父だとも知らず・・。

歌占3
親子邂逅の後、ツレの所望により地獄の曲舞を舞い、トランス状態のシテ。

歌占4
直面(ひためん。面を掛けないこと)

 

通常、『歌占』は宝生流では「若男」(または「今若」)という面を掛けるのですが、今回、熟考し、師匠とも相談の上、直面を選択させて頂きました。

伝書にも「直面ニテモ」とあり、過去に直面の例は数々有るのですが、いずれも年配の場合がほとんどのようです。

私は、若輩の上、『歌占』は初演ですので、「直面とは生意気」と受け取る方も恐らく少なからずいらっしゃることと思いますが、この曲のドラマトゥルギーを考えたときに、これは逆だろうと。若い役者だからこそ、面を掛けない方が効果が有ると思いました。

急死して地獄を見た後に生き返ったために、若いのに総白髪という、怪しい出で立ちでの、物売りのような登場シーンや、後半の、トランス状態で舞う地獄の曲舞、更に、神の責め苦に遭うシーンなどは、面を掛けていた方が効果が有り、また私などは面に助けられるところ(相貌が未熟の為)だと思いますが、中盤に、親子だと判明して、子を抱きしめるようなシーンでは、どうしても面が浮き、まるで幽霊の父親と対面しているように見えるのです(ちょうど『生田敦盛』の如く)。

ましてや、今回は本当の親子で勤めさせていただくという、おそらく一生に一度のチャンス。
ご批判を承知で、直面にさせて頂きました。

 

ただ後日・・・。親子が顔が似ているので、登場した途端、

 「(親子だと)バレバレじゃん。」

とある方からツッコミが入りました・・・。それではドラマになりませんわ。