松実会(石黒 実都師同門会)

今日は、日帰りで大阪・山本能楽堂にて、大阪市在住の石黒実都師のご社中発表会「松実会(しょうじつかい)」の助演。終演後、沢山の興奮冷めやらぬお弟子さんのスピーチあり、フラダンスありの楽しい懇親会にてご馳走になり、帰途についております。

実都さんは、私が東京藝大に入学時の修士1年生。学生時代から可愛がって頂きました。お互い辰巳孝師(辰巳満次郎師のご尊父)の同門であったので、西荻窪にあった師の稽古場に共に通った時期もあり良い思い出。

実都師のご尊父・故石黒孝師にも、私が高校生の時から名古屋と大阪の楽屋でお世話になり、幅広く教えて頂き、可愛がって頂きました。

そのお孫さんの石黒空(そら)くんが、東京藝大に本年入学されて、この道を本格的に歩もうとしています。今日の松実会にも、玄人の卵として地謡の端に座り、頑張っていました。

この子に、お祖父様から教えて頂いたことどもの一端を伝えなければ。

このようにして、代々の家と芸の継承とともに、恩返しの連鎖も脈々と続いていくのでしょう。

本日の能『絵馬』のシテの阿部様は、なんと9回目のシテ役!しかも面打ち(能の面は「作る」ではなく「打つ」と言い習わします)もなさっているので、毎回ご自分で打たれた面(おもて)を掛けてシテを舞われるという贅沢!

天照大神(アマテラスオオミカミ)役をめでたく演じられました。

私も、来年新年1月26日(日)に名古屋宝生会定式能にて、能『絵馬』を勤めますので、副地頭を勤めながら勉強させて頂きました。

また今回、阿部様は面ばかりでなく、『絵馬』の作り物(舞台装置)もご自身でお作りになりました。折りたたみ可能の素晴らしい出来!『絵馬』の作り物は当曲専用のかなり手の込んだ特殊な作りをしたお宮で、名古屋能楽堂では持っていない為、私が勤める折には阿部様の作品を拝借することに致しました。

来年の松実会は、鹿児島にて周年記念の大きな催しになるとのこと、楽しみにしております。


残像現象

昨日は、五雲会にて『玉葛』地謡出演、終演後、『烏帽子折』の斬組(チャンバラ)の最終調整稽古。

凜太郎も含め、皆さんだいぶ板に付いてきました。そして、大幅な変更はしませんが、少しずつ進化していきます。

 

以下は、私の独自の考えかもしれませんが、能の斬組は、「本気」の汗だくの演技をしてはいけないと考えています。あくまでも舞踊・所作事の流れであって、本当の武術やスポーツのような、目にも留まらぬ速さの動きをせず、優雅に品良く、しかし気迫を第一に、が信条です。

江戸時代の武士に求められた能を稽古する意味はまた違ったかもしれませんが、それ以前の、式楽化する前の能はどうだったのでしょうか。妄想は尽きません。

 

昔の時代劇の、スター俳優の殺陣は、美しく優雅です。歌舞伎役者からの転身が多かったことがあると思いますが、やはりどこか「芝居」なのです。まるで蝶が舞うような。その時代を経て、時代劇もだんだん「本気」の時代を迎えます(そして、残念なことに時代劇は風前の灯になってしまいましたが)。

 

「本気」の、目にも留まらぬ演技は、最初は観る人を驚かせますが、長いと徐々に目がスピードに慣れて飽いてきます。

映画『マトリックス』のキアヌ・リーブスの動き。人の「残像現象」を映像化して可視化したもの、と私は受け取っています。それを、映像の力を借りずに、生の舞台で観せるのです。

 

私は、幼少から様々な武道を稽古してきました。本当の武術の動きは、今、何をしたのかわからないのです。なぜ今相手が崩れるように倒れたのか、なぜ今背後に回れたのか。

その感覚で、10代の頃は能の稽古にあたっていきましたが、能の師は「早すぎて伝わらない」と。その意が腑に落ちるまで、かなり年月を要しました。「型がキレてカッコいい」のはもちろんそれだけでも価値がありますが、そこで終わりなんですね。

能はもっと奥を見ているのだと思います。


夕顔の花

甲府のお弟子さんの稽古の為、8時ちょうどのあずさ2号、いや、5号車中。

 

昨夜からだいぶ秋らしくなりましたね。寝苦しくないはずの夜に、なんだか昨夜は考えごとばかり浮かんで(大方楽しいこと)寝つけなかったので、ふと庭をながめると、大輪の夕顔が咲き誇っていました。

 

暗闇にぽっかりと白く浮かんだ夕顔の花。初夏に朝顔の苗と共に庭に植えて行燈作りにしました。朝顔ばかりが咲き乱れ、夕顔はなかなか咲かず。つぼみが膨らんで、漸く今夜咲くか、と待ちに待っても、力尽きてぽとりと悲しげに落花。

 

それもそのはず、夕顔は、今どきのように朝夕の気温差があると咲くことができるのです。

朝顔と絡まって咲く夕顔たち。今夜もたくさんの白き花が、己れ独り笑みの眉をひらいてくれそう。


京急線の事故

五雲会申合せにて『玉葛』の地謡の後、久良岐能舞台にて稽古の帰りの京急線。

先日の京急特急の大事故は、トラックの運転手さんが亡くなり誠に残念なことでした。乗客も30名超の方が怪我をされたとのこと、快復をお祈り致します。

あの日、私もあの特急に乗るはずで、桐生(群馬県)のお弟子さんの稽古の後、東武線のりょうもう号から京急線に乗り継ぎ、久良岐能舞台(京急上大岡駅至近)の稽古に直行する途中でした。

桐生の稽古場からの帰り道、お弟子さんに車で東武線足利市駅まで送っていただいているときに、車載テレビのニュースで大事故の速報を見て、

「今からこれに乗るんです!」と。

これはもう京急は当分無理だろうし、他社の振替乗車も大変な混雑になるだろうと予想して、急遽自宅に向かい、カーシェアで車を借りて、急ぎ高速道路を使って久良岐能舞台に向かい難を逃れたのでした。

お弟子さんも他の路線を使ってお休みはなく集まって頂き、通常通りお稽古ができました。

しかし、常日頃、新幹線や地下鉄でも先頭列車には乗らないように心がけていますが、今回、よりその思いを強くしました。


ぶらり途中下車の旅②

本日は、月並能にて能『江口』の地謡。

 

(続き)

瀬田の唐橋。瀬田の長橋ともいわれ、『田村』に名前が出てきます。交通の要衝だった為、古代から戦国時代まで幾たびも戦場として名前が出てきます。有名なのは、壬申の乱、源範頼・義経が木曽義仲を討伐、承久の乱。

 

橋自体は、コンクリート作りですが、擬宝珠(ぎぼし)は相当古いもののようです。

 

瀬田の唐橋から眺める琵琶湖の夕景は、「瀬田の夕照(せきしょう)」と言い、近江八景の一つ。今はもう風情はありませんが、瀬田川は清々しく美しい。

 

遂に守山の宿へ!この後、彦根城で能『望月』を謡うのです。『望月』の場面設定は、正にこの守山の宿。中山道の最終宿で、始まりは板橋宿。拙宅のすぐ前を旧中山道が走っていますから、このまままっすぐ歩けば家に帰れる!(7日間くらい?)

 

能『望月』に触れた札。登場人物は、全て架空で、舞台となる甲屋(かぶとや)という宿も実在しなかったとのこと。

 

このようにして私は、出張の舞台出演のほんの合間を見つけては謡の史跡を巡る旅をするのです。田崎甫さんとはこれで3回目。石清水八幡宮(『女郎花』『放生川』)、大伴黒主神社(『志賀』『草紙洗』)にも行きました。何かとご縁があります(というよりも無理矢理付き合わせてるのかもしれないけどね)。

次はどこに行けるかな。


ぶらり途中下車の旅①

昨日は、宝生能楽堂にて月並能申合せ後、大阪にて能『望月』の申合せ、京都に移動し、本日は彦根城能舞台にて、能『望月』(シテ 辰巳満次郎)の副地頭と仕舞『井筒』(シテ 金森秀祥)の地頭。

 

開演までの時間を利用し、後輩の田崎 甫さんと共に、京都から彦根間を途中下車して、謡跡巡りをしてきました。

石山寺、東大門。『源氏供養』の舞台。

 

硅灰石(けいかいせき)。これによって「石山寺」という名に。

 

紫式部 源氏の間。紫式部が参籠して「源氏物語」を記した部屋。

(続く)


大好きだったけど‥

昨日は、名古屋(桜山舞台)のお弟子さんの稽古の後、最終新幹線で帰宅して、今朝は群馬県桐生(伝統芸能研修所)の稽古の為、りょうもう号(東武線特急)車中です。その後、横浜(久良岐能舞台)の稽古に向かいます。移動中は稽古・読書・瞑想三昧なので、全く苦になりません。

 

最近、大好きなものがだんだん口にできなくなってきました。

コーヒーが大好きなのに、飲むとどうも調子が悪い。りょうもう号や新幹線に乗り込むときは必ずコーヒーが旅の友だったのですが。

乳製品もダメ。コーヒー牛乳なんて、大好きなのにもってのほか。

ヨーグルトも大好きなのにダメ。

色々と実験を繰り返して、徐々にお腹をこわす原因が分かってきました。

そのうち、大好物の甲殻類やうなぎも食べられなくなっていくのでは、と心配になります。

これも老化現象のひとつでしょうかね。


大学の合宿

昨日と今日で、愛知教育大学能楽部と愛知県立大学能楽部の合同合宿を指導してきました。

2校合同合宿は初めての試み。来年2月8日(土)に名古屋能楽堂にて開催される、「名古屋学生能楽連盟 2月例会」にて、2校合同で能『羽衣』を上演するにあたっての泊まりがけの集中稽古。

まだまだ先の話ですが、みんな気が入っていて、囃子謡(囃子が入ったときに臨機応変に謡い方を変化させる高等技術)を大方マスターしました。若い力は素晴らしい!

名古屋市至近なのに、なんと山の頂上にある宿坊の合宿所。コンビニなど全く何も無いところですから、不便さを楽しむ心が養われたかも。

この合宿を機に、みんな能の実力も付けましたが、何と言っても人間同士の深い交流が出来たことが一番の収穫ではないでしょうか。

例年の高校生(名東高校)の合宿では、晩御飯の後は花火。大学生は、花火はもちろんのこと、その後に飲み会があるのがまた一味違う楽しみ。高校生たちに、「大人になると更に楽しいよ」と伝えてあげたい。

名東高校能楽研究部から、既に2名の優秀な子が愛知県立大学能楽部に入部しています。過去には、愛知教育大学能楽部にも1名入部し、現在私の社中として稽古を続けてくれています。

良い流れが出来てきました。長い目で見て、これからの名古屋の能楽界に大きな力になってくれることを切望します。みなさま、温かく見守って頂けたらと思います。


ベルト

だいぶ涼しくなりましたね。昨日は名東高校稽古、今日は岡崎稽古。明日からは、愛知教育大学と愛知県立大学の合同合宿。

 

先日、若い男性美容師さんにシャンプーしてもらってるときに(仰向けです)、

「ベルト替えたんですね」

と言われて、

(ベルト!客商売とはいえ、よくそんなところまで見て覚えてるねえ。)

と思い、

「靴の色に合わせて替えてるんです。」

靴は普段黒が多いのですが、その日は珍しく茶色だったので、ベルトも茶色にしていました。

しかし、なんとなく会話に変な空気が流れた気がしたこの日が序章。

 

また後日、女性のお弟子さんにも、

「ベルト替えたんですね。」

とまた同じことを言われて、

(ホント、みんなよく見てるなあ!)

と。しかし、ベルトなんて、ファッションアイテムとしてそんなに重要なものかしらん、もっと褒めるところがあるんじゃないの?、と思いつつ、

「靴に合わせたんです。」と同じ答え。

 

それからというもの、数人の方に「ベルト替えたんですね」と言われて、さすがにだんだん気味が悪くなってきました。

 

そして、ある日、愛知教育大学の男子学生さんにも、

「先生、ベルト変えたんですね。」

と言われて、ついに、シャツをめくって、

「今日はいつも通り(黒)なんだけど。」

と言ったら、

 

「いえいえ、時計のベルトです。」と。

 

なーんだ、アップルウォッチのことか!確かに、最近汗ばむので、皮のベルトからシリコン素材のピンクのベルト(元々時計に付属していたもの)に替えたのでした。

 

どおりで、美容師さんも黙っちゃったワケだ。


夏の我が家

寝室にエアコンがありません。毎年なんとか扇風機でやり過ごしていますが、そろそろ限界かもしれません。

世の中、ここ数年でいつのまにかエコロジーよりも熱中症予防を重視するように方向性が変わってきました。テレビの特集では、「朝までエアコンをタイマーで切ってはいけない」「28度設定ではなく26度設定にして布団をかぶって寝ろ」などと、今まで聞いたこともないような指南をしています。「そんなの風邪引くじゃん」と思っていましたが、確かに死んだらお仕舞いだし、年毎に尋常ではない暑さになってきていますからね。

 

そして今夏も扇風機でやり過ごそうとしていましたが盛夏はとても無理。かと言って各部屋にエアコンを入れるのは不経済なので、息子の部屋にみんな集まって寝ることになりました(妻だけは扇風機でやり過ごすことに。強いね)。

私は深夜に帰宅することが多いので、そーっと息子の部屋に入ると、私の分の布団も敷いてくれています。そして3人並んで仲良く寝るのです。久しぶり。なんだかそれも良いなあ、と。

最近少し涼しくなってきたので、一度自分の寝室で寝てみると、やはりまだ寝苦しい。人間、一度楽を覚えると耐性が無くなってきます。

そんなときに朝、子供たちに「お父さんがいないと寂しかったでしょう?」と聞くと、

 

子供たち「全然。」

私「‥‥‥。」

 

もう、素直じゃないんだからー!