ベルト

だいぶ涼しくなりましたね。昨日は名東高校稽古、今日は岡崎稽古。明日からは、愛知教育大学と愛知県立大学の合同合宿。

 

先日、若い男性美容師さんにシャンプーしてもらってるときに(仰向けです)、

「ベルト替えたんですね」

と言われて、

(ベルト!客商売とはいえ、よくそんなところまで見て覚えてるねえ。)

と思い、

「靴の色に合わせて替えてるんです。」

靴は普段黒が多いのですが、その日は珍しく茶色だったので、ベルトも茶色にしていました。

しかし、なんとなく会話に変な空気が流れた気がしたこの日が序章。

 

また後日、女性のお弟子さんにも、

「ベルト替えたんですね。」

とまた同じことを言われて、

(ホント、みんなよく見てるなあ!)

と。しかし、ベルトなんて、ファッションアイテムとしてそんなに重要なものかしらん、もっと褒めるところがあるんじゃないの?、と思いつつ、

「靴に合わせたんです。」と同じ答え。

 

それからというもの、数人の方に「ベルト替えたんですね」と言われて、さすがにだんだん気味が悪くなってきました。

 

そして、ある日、愛知教育大学の男子学生さんにも、

「先生、ベルト変えたんですね。」

と言われて、ついに、シャツをめくって、

「今日はいつも通り(黒)なんだけど。」

と言ったら、

 

「いえいえ、時計のベルトです。」と。

 

なーんだ、アップルウォッチのことか!確かに、最近汗ばむので、皮のベルトからシリコン素材のピンクのベルト(元々時計に付属していたもの)に替えたのでした。

 

どおりで、美容師さんも黙っちゃったワケだ。


夏の我が家

寝室にエアコンがありません。毎年なんとか扇風機でやり過ごしていますが、そろそろ限界かもしれません。

世の中、ここ数年でいつのまにかエコロジーよりも熱中症予防を重視するように方向性が変わってきました。テレビの特集では、「朝までエアコンをタイマーで切ってはいけない」「28度設定ではなく26度設定にして布団をかぶって寝ろ」などと、今まで聞いたこともないような指南をしています。「そんなの風邪引くじゃん」と思っていましたが、確かに死んだらお仕舞いだし、年毎に尋常ではない暑さになってきていますからね。

 

そして今夏も扇風機でやり過ごそうとしていましたが盛夏はとても無理。かと言って各部屋にエアコンを入れるのは不経済なので、息子の部屋にみんな集まって寝ることになりました(妻だけは扇風機でやり過ごすことに。強いね)。

私は深夜に帰宅することが多いので、そーっと息子の部屋に入ると、私の分の布団も敷いてくれています。そして3人並んで仲良く寝るのです。久しぶり。なんだかそれも良いなあ、と。

最近少し涼しくなってきたので、一度自分の寝室で寝てみると、やはりまだ寝苦しい。人間、一度楽を覚えると耐性が無くなってきます。

そんなときに朝、子供たちに「お父さんがいないと寂しかったでしょう?」と聞くと、

 

子供たち「全然。」

私「‥‥‥。」

 

もう、素直じゃないんだからー!


道徳の授業

いわむら城址薪能のあと、岡崎と名古屋でお弟子さんの稽古をして、最終の新幹線で帰京中です。

今回も名古屋の常宿滞在34日でしたが、初日の夜は、これまで長年泊まっていて初めて、というくらい騒がしい宿泊客によって睡眠を妨げられてしまいました。

繁華街から少し離れた静かな立地と、スタッフの素晴らしい対応、朝食も美味しく、夜のラウンジは独り心の洗濯に毎夜足を運びたくなる落ち着いた雰囲気。そんなホテルなのですが、今回はたまたま団体客の喧騒にやられてしまいました。

翌日のいわむら城址薪能では、道中長距離運転があり、舞台出演内容もかなりハードなのでしっかり睡眠をとりたかったのですが、23時頃から廊下を走り回る音や、いくつかの部屋の扉を開けたまま大声で話したり、歌ったり、叫んだり、笑ったり。なにやら罰ゲームのようなこともやっているよう。

直接言おうか迷ったのですが、トラブルを避けるためにフロントに電話して対応をお願いしたら、各部屋扉を閉めてくれて一時的におさまりました。しかし、結局1時過ぎまで話し声や笑い声が壁を通して聞こえて、寝られずに苦しみました。再度フロントに電話して、部屋を変えてもらえないかお願いしましたがあいにく満室で不可。

で、翌朝。6時代からまたもや大きな笑い声で目が覚めました。みんな元気だねえ‥。若いねえ。

朝食の為フロントを通りかかると、スタッフさんがすぐに平謝りしてくれて、今日からは部屋を変えてくれるとのこと。いやいや、ホテルに落ち度はありませんよ。誠意のある対応をして頂きました。たまたま巡り合わせが悪かっただけ。いや待てよ、ここでフッと我が身を省みました。

もしかして、私も自分が気付かないだけで、似たようなことを普段やっていないのだろうか、と胸に手を当てました。夜遅くまでテレビを見て大笑いしたり、朝から謡を謡ったり(小声ですが)。うーん、今後は気をつけようと思いました。

みんな誰もが「立場変われば人変わる」。車を運転すれば「自転車のマナーが悪い」と。自転車に乗れば「車が危ない」と。まず自分の目線に引き込むことは人間のならいでしょう。だから、相手の立場に立つ「想像力」が必要なのですね。国際関係も同じ。

こういう考え方が歳を重ねるごとに徐々に深まっているので、若者の大騒ぎにもあまり腹も立たないし、自分もこれからは気をつけようと思いました。

以上、道徳の時間でした。


岩村城址能

本日は、「第35回いわむら城址薪能」に出演。

私は、仕舞『砧 後』を舞います。他に、能『楊貴妃 玉簾』(玉井博祜)と『野守 白頭』2番の地謡。

会場は岐阜県恵那市岩村町。車でないと帰れませんから、今年もカーシェアで。名古屋の常宿近くの基地で8人乗りのノアを借りて、東京・大阪からの役者を名古屋駅でお乗せして、名古屋市内でも数人お迎えに上がっていざ岩村へ。

不安定な天候が続きますが、今日は少しの晴れ間。なんとか外での演能が出来そうです。


下申合せ(能『烏帽子折』)

来月23日(月祝)に控えた「第6和久荘太郎演能空間」能『烏帽子折』の下申合せが済み、久良岐能舞台稽古の為移動中です。

今日が本番一か月前。ツレ・立衆・ワキ・狂言・後見・地謡・楽屋働きまで、全て本番通りに揃って頂き、本番の舞台で本番通りの流れを通して、細かいところを打ち合わせしました。

大人数物で滅多に舞台にかからない曲ですので、これくらい念入りにしないと良い舞台を見せられないだろうとの判断をして、ご出演者みなさんにお願いしたのです。

凜太郎も、「下申合せをやらせてもらって本当に良かった」と申しました。

ここから、また念入りに仕上げていきます。私自身も健康に留意して稽古を重ね、本番を迎えたいと思います。


会主の心意気

昨日は、第2回硯修会にて能『熊野 膝行 三段ノ舞』のツレを勤めさせて頂きました。数ある役者の中から大事なお役を頂き光栄と存じます。

ほぼ満席の会場。会主の舞台に対する熱意。チラシ、パンフレット含め、会主の心意気を感じる素晴らしい催し。チケットのことを度々個人的に依頼した折には、事務担当の大日方寛師の細やかな心遣い。アンケートの取り方。出演者への度重なる感謝の言葉。

会を主宰する者として、様々見習うべきところがありました。私も、「第6回 和久荘太郎 演能空間」まで一カ月半。気を入れて稽古に、事務作業に励みます!


明日は第2回硯修会 能『熊野 膝行 三段ノ舞』

台風10号は抜けたようですが、まだ北日本には大雨を降らすかも、とのこと。お気をつけください。

 

今日は、明日の第2回硯修会の能『熊野 膝行・三段ノ舞』の申合せ。そして今夜は「第6回 和久荘太郎 演能空間」(9月23日(月祝)の 能『烏帽子折』の斬組の稽古。立衆の皆さんに集まってもらい、実際の舞台を使って稽古を重ねます。

 

明日は、研修会の本番。当日券は僅かながら残っているようですので、お出かけ下さい。


台風お気をつけて

昨日は唯一のお盆休みで、栃木県の親戚2カ所にご挨拶回り。何十年振りのいとこにも会い、旧交を温めました。

もちろんカーシェアで。1日の走行距離400km。4、5回のゲリラ豪雨に見舞われ、肝を冷やしました。

 

今日は、明後日に控えた能『熊野 膝行・三段ノ舞』の合わせ稽古の後、散髪してもらい、夕方からは「相模原薪能」に出勤。私は、能『船弁慶』(シテ 宝生和英)の主後見(おもこうけん)。既に雨天会場(相模原グリーンホール)に決定しています。

台風の影響が全国的に最小で済むよう、祈っています。


名能連(名古屋学生能楽連盟)8月例会

昨日、豊田市能楽堂にて、名古屋学生能楽連盟が主催の「8月例会」という、学生による学生の為の発表会が開催され、盛会裏でした。

 

名古屋地区の大学サークルが流派を超えて結束し、1つの催しを作り上げます。企画から宣伝チラシ・番組作成、会場との折衝、学生同士の打合せなどなど、たくさんの仕事をこなしてみんなで作り上げた経験は、近い将来の大きな財産になることでしょう。

また、今はSNSの時代ですから、連携も取りやすいのでしょう、関東の大学能楽サークルの方も応援に駆けつけてくれたようです。

 

私は、愛知教育大学能楽部を昨年より指導しており、またそこと連携の深い愛知県立大学能楽部の指導もお手伝いしておりますので、監督に参りました。 

また、私の母校でもあり、20年近く指導している名東高校能楽研究部も、今回「招待出演」という形で声がかかり、大学生に混じって高校生が仕舞7番と素囃子「男舞」を演じました。

名東高校の卒業生や顧問もご来場頂き、縦の繋がりがうまく作用していることを感じます。

 

宝生流の学生の数を数えたら、3校合わせてなんと27人!これが将来の宝生流にとって大きな力になっていくことを切望し、このともしびを大事に育てていきたいと思います。

皆さまのご支援、ご指導のほど、今後とも何卒よろしくお願い致します。

 

次回は、2月8日土曜日に「2月例会」という名で、会場は名古屋能楽堂にて開催されます。

愛知県立大学能楽部は、能『羽衣』に挑戦。シテはもちろんのこと、地謡も全て学生で。

愛知教育大学は、舞囃子『高砂』。これも全て学生で。

皆さまご予定下さい!

 


目の手術②

(続き)

舞台でお役(装束を着ける立ち役)のとき、10代から20代前半はコンタクトレンズにしていたのですが、直面(ひためん。自分の素顔を面とする心得)ではまばたきが減ることや、空調の風で目が乾燥することもあり、何度か舞台上に落としてしまったのです。ある時は面の中に落としたり‥。

それ以来、舞台の時は裸眼と決めています。4本の柱さえ見えれば能は舞えるのです。

しかし、薪能やホールの能の時、また昨今流行りの「ろうそく能」の時などは、柱さえも見づらいほど暗いことがありますので、コンタクトレンズを入れます。

また、後見のときは、舞台上の正確な位置に作り物を置いたり、舞っている役者の裾が乱れていないか、などをいち早く察知する為に、コンタクトレンズにします。

しかし、物着(「ものぎ」又は「ものきせ」。舞台上で役者の装束を着け替える)があるときは、最近老眼が進んで、遠くを見えるようにすると近くが見えない!装束を着けるときに糸針を使った細かい作業を手早くしますが、これが見づらい。もうどうしたら良いのか。

 

レーシック手術、大変興味ありますが、どうも怖いですね。視力が元に戻ってしまった人の話も聞きました。もう少し実験台(失礼)の話を聞いてからにします。

 

見えない方が良いこともあります。最近、シテのときもたまに実験的にコンタクトレンズを入れますが、知ってる顔を見つけると集中が削がれることがあります。あられもない姿で口を開いて寝てる方とか‥。