会主の心意気

昨日は、第2回硯修会にて能『熊野 膝行 三段ノ舞』のツレを勤めさせて頂きました。数ある役者の中から大事なお役を頂き光栄と存じます。

ほぼ満席の会場。会主の舞台に対する熱意。チラシ、パンフレット含め、会主の心意気を感じる素晴らしい催し。チケットのことを度々個人的に依頼した折には、事務担当の大日方寛師の細やかな心遣い。アンケートの取り方。出演者への度重なる感謝の言葉。

会を主宰する者として、様々見習うべきところがありました。私も、「第6回 和久荘太郎 演能空間」まで一カ月半。気を入れて稽古に、事務作業に励みます!


明日は第2回硯修会 能『熊野 膝行 三段ノ舞』

台風10号は抜けたようですが、まだ北日本には大雨を降らすかも、とのこと。お気をつけください。

 

今日は、明日の第2回硯修会の能『熊野 膝行・三段ノ舞』の申合せ。そして今夜は「第6回 和久荘太郎 演能空間」(9月23日(月祝)の 能『烏帽子折』の斬組の稽古。立衆の皆さんに集まってもらい、実際の舞台を使って稽古を重ねます。

 

明日は、研修会の本番。当日券は僅かながら残っているようですので、お出かけ下さい。


台風お気をつけて

昨日は唯一のお盆休みで、栃木県の親戚2カ所にご挨拶回り。何十年振りのいとこにも会い、旧交を温めました。

もちろんカーシェアで。1日の走行距離400km。4、5回のゲリラ豪雨に見舞われ、肝を冷やしました。

 

今日は、明後日に控えた能『熊野 膝行・三段ノ舞』の合わせ稽古の後、散髪してもらい、夕方からは「相模原薪能」に出勤。私は、能『船弁慶』(シテ 宝生和英)の主後見(おもこうけん)。既に雨天会場(相模原グリーンホール)に決定しています。

台風の影響が全国的に最小で済むよう、祈っています。


名能連(名古屋学生能楽連盟)8月例会

昨日、豊田市能楽堂にて、名古屋学生能楽連盟が主催の「8月例会」という、学生による学生の為の発表会が開催され、盛会裏でした。

 

名古屋地区の大学サークルが流派を超えて結束し、1つの催しを作り上げます。企画から宣伝チラシ・番組作成、会場との折衝、学生同士の打合せなどなど、たくさんの仕事をこなしてみんなで作り上げた経験は、近い将来の大きな財産になることでしょう。

また、今はSNSの時代ですから、連携も取りやすいのでしょう、関東の大学能楽サークルの方も応援に駆けつけてくれたようです。

 

私は、愛知教育大学能楽部を昨年より指導しており、またそこと連携の深い愛知県立大学能楽部の指導もお手伝いしておりますので、監督に参りました。 

また、私の母校でもあり、20年近く指導している名東高校能楽研究部も、今回「招待出演」という形で声がかかり、大学生に混じって高校生が仕舞7番と素囃子「男舞」を演じました。

名東高校の卒業生や顧問もご来場頂き、縦の繋がりがうまく作用していることを感じます。

 

宝生流の学生の数を数えたら、3校合わせてなんと27人!これが将来の宝生流にとって大きな力になっていくことを切望し、このともしびを大事に育てていきたいと思います。

皆さまのご支援、ご指導のほど、今後とも何卒よろしくお願い致します。

 

次回は、2月8日土曜日に「2月例会」という名で、会場は名古屋能楽堂にて開催されます。

愛知県立大学能楽部は、能『羽衣』に挑戦。シテはもちろんのこと、地謡も全て学生で。

愛知教育大学は、舞囃子『高砂』。これも全て学生で。

皆さまご予定下さい!

 


目の手術②

(続き)

舞台でお役(装束を着ける立ち役)のとき、10代から20代前半はコンタクトレンズにしていたのですが、直面(ひためん。自分の素顔を面とする心得)ではまばたきが減ることや、空調の風で目が乾燥することもあり、何度か舞台上に落としてしまったのです。ある時は面の中に落としたり‥。

それ以来、舞台の時は裸眼と決めています。4本の柱さえ見えれば能は舞えるのです。

しかし、薪能やホールの能の時、また昨今流行りの「ろうそく能」の時などは、柱さえも見づらいほど暗いことがありますので、コンタクトレンズを入れます。

また、後見のときは、舞台上の正確な位置に作り物を置いたり、舞っている役者の裾が乱れていないか、などをいち早く察知する為に、コンタクトレンズにします。

しかし、物着(「ものぎ」又は「ものきせ」。舞台上で役者の装束を着け替える)があるときは、最近老眼が進んで、遠くを見えるようにすると近くが見えない!装束を着けるときに糸針を使った細かい作業を手早くしますが、これが見づらい。もうどうしたら良いのか。

 

レーシック手術、大変興味ありますが、どうも怖いですね。視力が元に戻ってしまった人の話も聞きました。もう少し実験台(失礼)の話を聞いてからにします。

 

見えない方が良いこともあります。最近、シテのときもたまに実験的にコンタクトレンズを入れますが、知ってる顔を見つけると集中が削がれることがあります。あられもない姿で口を開いて寝てる方とか‥。


目の手術①

今日は、掛川にての催し(私は能『黒塚 白頭』の地謡)の為、名古屋からの新幹線車中です。

 

先日、あるお弟子さんから「目の手術をしたんですか?」と言われて、全く意味が分からず思考停止してしまいました。

ここである記憶が蘇ってきました。

 

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中学2年生のお盆、早朝4時の真っ暗闇のなか、魚釣りの為に釣竿を肩にして、ミミズの入った缶を左手に持ったまま片手運転でドロップハンドルの自転車にまたがって友達と待ち合わせの池に向かう途中、ある喫茶店(同じクラスの女の子のお宅)の駐車場をすり抜けたとき、目の高さに張った鎖に気付かずに突っ込み、大転倒して、ミミズの缶を道路にブチまけ、身体は受け身をとったので怪我は無く、しかし、なぜか涙が止めどなく流れ出る。おかしいなあと思いつつ、ミミズを拾い集めて、気を取り直して道を急ぎました。

池に着き、友人に笑顔で「オハヨー」。その瞬間、みんなが「ギャー!!」と絶叫。私の目から、涙ではなく、血が流れ出ていたのです。

幸い、待っていたかのように池の近くに眼科が有り(これも同じクラスの女の子のお宅)、みんなが眼科の先生を叩き起こしてくれて(大迷惑)診てもらうことができました。

視力が少し低下して、傷が残ったくらいで済みましたが、今考えると、本当に両親には心配を掛けたなあ、と(私の中学生から高校生の折の所業、これくらいまだまだ序の口です)。子供を持ってこそ、親の気持ちが親身にわかるのです。折しもお盆。感謝。

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で(いきなり現実)、「手術したのか」とお弟子さんに聞かれて、昔を瞬時に思い出して、私の右目の傷のことを言われたのかと思いましたが、「いえ、今日は先生メガネを掛けてないから」と。

ああ、レーシック手術のことか!「いえいえ、やっていません。今日はコンタクトレンズです。」

そう、最近あまりの暑さで汗を拭く回数が多く、その度にメガネを掛け外しするのが煩わしく、また鼻パットが当たるところが少し炎症を起こしたりするので、コンタクトレンズにしてみているのです。

自分では全く意識していませんが、私は「メガネを掛けた人」、と認識されているのですね。

(続く)


あずさ3号

今日は、甲府のお弟子さんの日帰り稽古の為、8時ちょうどのあずさ3号で、私は私はあなたから旅立っています(JASRAC未許諾)。

 

JASRACの潜入調査問題の是非が問われていますが、法律とはいえやり方がちょっと‥。調査員は仕事とはいえ、そのとき、発表会までの長期間、人心をもてあそんでいなかったと言えるでしょうか。この事例に限ったことではなく、どの分野でも、人にものを習う、人にものを指導する、ということを、みんなが深く考えてほしいと思います。

 

能の謡は、当然著作権法が無い時代のものですから(謡本の「版権」とは別)、稽古でも自由に謡って問題ありません(謡本のコピー使用はいけませんよ)。

 

そもそも能草創の室町時代当時、ある座(流派)で作られた能を、他座(他流)の大夫(家元)が、「面白いからウチでもやろう」という場合、想像するに、きちんと挨拶をしに行って台本を頂いたり、ということもあったでしょうが、見覚えで勝手に演じる、ということもあったのでは、などと想像しています。養子縁組の引き出物として曲を譲渡する例は実際にあったようですが。

 

マネされることを「取られた!」(被害者意識)と受け取るか、「名誉」(余裕の上から目線)と受け取るか。これも色々だったのでは。

私も、演能空間のチラシや、私の公式ホームページのデザインなどを真似されてる、と感じることがありますが、真似してもらうだけの価値のあるものを生み出せた(デザイナーさんのお陰ですが)、という自負と誇り、矜恃で、却って「名誉」(当然上から目線で)と感じています。

 

私自身、謡っていて、どう考えてもこれは他曲の「引用」を通り越した「盗作」だろう、と思われる曲が結構な数あります。しかし良い方に考えれば、「パロディ」なのかもしれません。原曲を知っているお客さんが観る(聴く)と、思わず「クスッ」となったり、想像の景色の幅が広がったり、という。

ちょうど、能『頼政』を題材にパロディにした狂言『通円』の関係を、能の中でもやっていたのでは。

 

などと勝手に想像すると、昔は大らかだったなあ、と。妄想は膨らみます。


下申合せ

今日は日帰りで、名東高校の稽古と、名古屋の大学2校の合同稽古の為、始発の新幹線車中です。

 

祝日・平日にかかわらず怒涛のように舞台が連続した7月も無事過ぎ、8月に入って少し余裕ができました。それでも、今月はお役(面装束を付ける立ち役や仕舞など)だけでも3つ(『熊野』ツレ、『清経』ツレ、仕舞『砧 後』)、地謡などの舞台も数多く控えていますので、何より体調管理に気をつけて稽古に励みたいと思います。

 

そして来月に控えた「第6回 和久荘太郎 演能空間」の能『烏帽子折』の稽古も、凜太郎とともに佳境に入ってきて、今月は下申合せを致します。

「下申合せ」という言葉はあまり耳にしないと思います。本番前に一度だけ全体で合わせて確認をするリハーサルを「申合せ」と言いますが、その「申合せ」の前に、更に全員集まって実際に舞台で演じて調整することを「下申合せ」と言います。『道成寺』などの大曲のとき、シテからお願いして集まって頂き、念入りに本番に向けて作り上げていくのです。

今回の『烏帽子折』も、滅多に舞台にかからない曲であることや、当然ながら凜太郎も私も初役、また、各役若手を敢えて揃えましたので、より一層の打ち合わせが必要と判断して、ご出演の皆さんにお願いしました。

 

このようにして作り上げる大曲『烏帽子折』、ぜひご来場下さい!


合宿

今日から名東高校能楽研究部の合宿です。毎年夏休み恒例行事で、合宿所に泊まって終日稽古尽くし。普段見られない部員たちの顔が見られます(私もそう思われているかも)。

夜は花火、朝は蝮が出そうな池の周りを散歩。

3食は食堂で各自ご飯を盛り付け、手を合わせていただきます。

もうこの子たちも、私の子供世代になってきました。可愛いもんです。


掛け持ちお許しください

今月7月は、先週の学校巡回公演が長期間だったことや、特に舞台出演とそれに伴う申合せ(リハーサル)が多く重なり、休みが一日も取れない月となりました。

休み、といっても、自分の稽古や息子の稽古、はたまた事務作業に時間を取りますので、休んでいるのかいないのか。私としては何の苦痛もありませんが。

「身体は大丈夫か」、と皆さまご心配いただきますが、食事と睡眠だけはおろそかにしていませんので、大丈夫。毎日元気いっぱいに動いております。「家庭も大事に」とおっしゃっていただきますが、それは少し耳の痛いところ…。最低限、朝食だけは家族そろって、と心掛けています。8月には挽回しようかな…。

市川海老蔵丈の歌舞伎座休演について、巷間(ネット・SNS・報道など)色々なご意見が当然あるようですが、心から心配します。あの方のお忙しさは私など比ぶべくもありませんが。歌舞伎の25日間連日興行はいつも想像するに大変なことと思っております。ちょうど厄年にあたるのではないでしょうか。これをきっかけにきっとお考えになることでしょう。

能は連日興行はせず(というよりも、能の興行のシステム上「できない」のが本音)、一期一会をうたい文句にその日一日にかけます。が、果たして、全ての能役者が(私も含めて)、歌舞伎役者の25日分のエネルギー同等を一日にぶつけているか、は疑問です。

 

ほとんどの能役者は、役者業だけでは生活が成り立ちませんので、師匠業を兼ね、趣味でなさるお弟子さんのお稽古をして、お月謝をいただいて生活しています。つまり、お弟子さんに支えられているのです。そのことは、妻とともに、我が家の子供たちには幼少期から常に言い聞かせております。ですから、舞台も大事ですが、お弟子さんのお稽古も大事。よって、先約優先の原則も同じはずなのですが、どうしても急な合わせ稽古やリハーサル、代役などで、お弟子さんとの先約を反故にしてしまうことがあり、大変申し訳なく思っております。

昨日は、自宅稽古の後、「としま能(東京芸術劇場)」に出演の後帰宅してまた自宅稽古。

本日は、自宅稽古の後、「獅子の会(宝生能楽堂)」の『安宅 延年之舞』の申合せ(宝生能楽堂)をして、帰宅しまた稽古、夜は「渋谷能(セルリアンタワー能楽堂)」の『藤戸』の事前講座(講師)。

明日も、自宅稽古の合間に、新作能『王昭君』(地頭)の為、宝生能楽堂にて申合せ。

 

このように、今月は稽古日が取れないために、舞台や申合せの前後に自宅にてのお弟子さんのお稽古をさせて頂いております。お弟子さんには無理を申しますがお許しください。