44歳に

44歳になりました。

お心のこもったプレゼントを頂き、心が温かくなりました。ありがとうございます。

 

今日だけは、何があろうと予め休みを死守していました。

朝から、運転免許の更新(ゴールドです!)に行き、帰宅してからは溜まった事務作業(殆ど進みませんでしたが)。

そして今週から月末にかけて、『大會』のシテ、『安宅』のツレ、『オセロ』のデズデモーナ、『殺生石』のシテ、と役が立て続けですので、それらに備えて近所の整体に行き、身体を整えて準備万端。

 

44歳も、身体を第一に考えて、良い舞台の為に頑張りたいと思います。


再び罪を背負って生きるのです

今朝、名古屋から帰宅し、昼食のみ妻と頂いたのも束の間、只今は川村学園女子大学に、2コマの授業の為向かっております。

最近、老いも若きも、本当にリュックサックを背負っている方が多くなりましたね。

2011年3月11日の東日本大地震の1週間後、私は即座にリュックサック(TUMI製)を買い求め、当時、東京芸大の助手をしていた為、スーツ姿にリュックで上野の森に通いました。

2011年5月17日当ブログご参照

 

まだ当時は、スーツにリュックの組み合わせは極少数派で、能く違和感を指摘されましたが、なんのそので闊歩していました。

今となっては当たり前の格好。むしろオシャレなのでしょう。スマホが普及して、手が空くのが便利であることも一因のようです。

私自身は、助手の任期終了後はしばらくリュックは封印していましたが、最近心境の変化あり、再び陽の目を見ることになりました。

今日もスーツにリュック姿ですが、やはり楽ちん!7年ほど前のように、人から嘲笑されることもなくなりましたので、堂々としたものです。

TPOさえ気を付ければ、快適なリュック生活が再び始まり、なんだか足取りも軽くなります。


大人になった女子たちへ

朝日新聞の、「大人になった女子たちへ」という、漫画家の伊藤理佐さんのコラムを時々楽しみに読んでいます。

今朝の寄稿はなかなかに、私の普段思うところに相通じて、共感と同時に改めて考えさせられました。

伊藤さんがラジオで偶々聴いた、という言葉を大まかに抜粋すると、

 


歌というのは、理解した人が歌うとエグイ。

逆に、理解していない人が歌うと、せつなかったり泣ける。

悲しい歌は「悲しい顔」で歌うとダメで、逆に「笑顔」で歌う。

(※和久注、「エグイ」はこの場合、若者言葉で使うときの良い意味ではなく、おそらく本来の意味の「アクが強い」かと。)


 

このことは、能の表現にも通じると思います。もちろん、我々職業人は、曲の時代背景や言葉の意味、登場人物の心情などを能く理解した上で舞台を勤めるべきだとは思いますが、それを生のまま舞台に乗せようとすると、嫌味になったり、お客様が違和感や嫌悪感を感じたりします。

悲しい場面で、役者が悲しそうな声を出したり、囃子方で言えば悲しそうな掛け声を掛けたり、という、単純表現を喜ぶお客様もいらっしゃるとは思いますが、能の目指すところはそこでは無いのです。

私自身も、実は他流派(当流のことも!)の舞台を忍んで観に行く(もちろんチケット代を払って)ことが時々ありますが、表現が押し付けがましかったり、泣かそうとしたりする意思が見えると、「サーっ」と潮が引くように興醒めしますので、自分への戒めとして受け取ってお土産に持ち帰っています。

まあ、最終的には役者・お客様共に、人それぞれの「志向」だとは思いますが。


来年に向けて

この夏、初めて自分専用の装束を作りました。

「箔(はく)」と通称する、女性の役専用の着付け。

 

拡大写真。「七宝繋ぎ」という、定番の紋様です。

 

装束としては、それほど高額のものではありませんが、能楽師人生で初めて自分で作った装束。感激です。他流の同世代の仲間は、装束のみならず面(おもて。能面のこと)までも、早いうちから皆自分で少しずつ手に入れていて感心していますが、宝生流は、家元以外は面・装束を持たない原則があり、演能の際には(もちろん有料で)拝借できますので、収集の必要がなく、大変恵まれています。

しかしその昔は、直接身につけて汗になる「着付け」や「鬘」くらいは各役者が自前で用意したとのこと、私もそれ位は持とうと20年ほど前から考えており、毎年赤字の家計ですが、夢実現のために別にそれ専用の貯金をしてきました。なかなかお金が貯まらなかったのもありますが、来年、やっと「箔」を使う役(12月14日土曜日 五雲会『班女』宝生能楽堂、12月22日日曜日『羽衣』横浜能楽堂)をいただいたので、この夏に購入を決めたのです。

『班女』と『羽衣』の装束は、いずれも着付けがはっきりと表にでる着方。『班女』は後シテで片袖を脱ぎ、『羽衣』は両袖を露わにして登場します。私は、身長のわりに手が長く、拝借する装束ではつんつるてんになり、見栄えが良くありません。そういうこともあって、念願だったのです。

着物でもそうですが、仕立てて直ぐに使用するのは良くありませんので、1年半程箪笥で寝かせて落ち着かせてからデビューさせます。楽しみです。

次は、自分専用の「鬘」を作るために、新たに貯金を始めます。


法玄寺 千灯供養 「能の夕べ」

一昨日、三保羽衣薪能の後、やっと演能空間以来一時帰宅し、昨日は足利市の法玄寺にて、「能の夕べ」と題した夜のコンサートに出演しました。

 

今回は、笛(熊本 俊太郎師)と太鼓(澤田 晃良師)と私の3人で。千灯供養他の行事の後、1時間ほどのミニコンサート。『高砂』の待謡(まちうたい。「高砂や〜」)の体験もして頂きました。120名以上の方にご観覧頂き、やり甲斐がありました。

 

 

コンサートの様子は、当然、私自身では撮影できませんでしたが、上はコンサート開演前の千灯供養の様子。「南無阿弥陀仏」を唱えながら、火の点いた蝋燭を消さないように、60人ほどで輪になってリレーのように回して、斜面の上の祭壇に千灯を供えます。コンサート開演1時間前でしたので、密かに私も参加しました。

 

山門や境内も、蝋燭でライトアップ。誠に風情があります。

 

このお寺、実は妻の実家の菩提寺。そのゆかりで、今回お声がけ頂きました。800年の歴史を持つ、足利氏先祖創建の大変由緒あるお寺で、「人間だもの」の相田みつをさんのお墓もあります。

 

法玄寺公式ホームページ


巡回公演にて

学校巡回公演の特設舞台。素晴らしい出来栄え。いつもの体育館が能舞台に変身。

 

能『黒塚』の出番前。前シテの老女の役。もちろん、このままではなく、面(おもて)を掛けます。

普段の楽屋では、このような写真の公開はしませんが、今回は特別に。

明日で、一段落します。が、そのまま愛教大の稽古へ。


巡回公演

昨日の、第5回 和久荘太郎 演能空間の余韻に浸る暇もなく、今朝、東海道新幹線が何とか動くことを確認して、名古屋駅から三島駅へ参り、貸切バスにて沼津の中学校へ。能『黒塚』を勤めました。

体育館に、専門業者さんが立派な能舞台を設営してくださり、なかなか本格的。生徒さんも、行儀良く、集中してしっかりと観てくれました。

終演後の質問コーナーでは、毎回の趣向らしく、シテの私も装束を着けたまま舞台に戻り、生徒さんの鋭いご質問にお答えしました。

 

このようにして、各地をまわる学校巡回公演が、5日間続きます。私は、5回のうち3回シテを勤め、2回は地謡。

ですから、昨日の日曜日から考えると、今週は能を4番舞うことになります。こんなことは私も初めての経験。光栄なことです。

 

そして、その巡回公演が終わると、土曜日は三保松原薪能。私は、能『橋弁慶』の本後見と、能『羽衣』の地謡。

 

その三保松原薪能翌日の日曜日は、栃木県足利市の法玄寺というお寺にて、夜の能のコンサート。

更にそのあとも、巡回公演が続きます。


月夜に

明日の9月24日(月)は、旧暦8月15日、中秋の名月。

 

能『小督』『三井寺』は正にその日の出来事。

「月」に焦点を当てた曲は数多く、『融』『井筒』『松風』などはその代表。来週の演能空間の『天鼓』も、後シテの天鼓少年の幽霊は月下に現れます。古来、日本人は月をことのほか愛でてきました。

 

先日、名古屋にての稽古の日程を調整し、カーシェアを使って独りで伊勢参り(二見興玉神社→外宮→猿田彦神社→内宮)をしてきました。「第5回 和久荘太郎 演能空間」の成功祈願です。

その車中のラジオから流れる曲に珍しく心惹かれ、最後まで聴き入ってしまいました。その曲の名は、スガシカオさんの『黄金の月』。ラジオで流れたのはアコースティックバージョンとのこと。

ネットで検索すると、1997年発表のスガシカオさんの2枚目のシングルで、かなりヒットした様子。

思い返せば今から21年前は、私は内弟子修行真っ只中の23歳。19歳で内弟子に入れていただいて以来、全く後輩が入らなかったので、いつまで経っても下っ端で、先輩達の晩御飯をずうっと作っていました。

もちろん、お弟子さんをとることさえまだ許されていない状況で、内弟子業務・雑務の合間を縫って、日夜稽古に明け暮れていました。

 

そのような状況の為、音楽を聴く時間などありません(その頃は、新聞さえも読んでいませんでした)ので、1993年〜2005年辺りのヒット曲に関しては非常に疎いのです。

 

いやしかし良い曲。歌詞が文学的で、しかも聴く人に想像の余地をたくさん残してあります。そう、まるで能が描く世界のよう。だから私の心に響いたのでしょう。

またメロディーラインも、長調なのか短調なのかどっちつかずで抽象的なところが心憎く、想像力を膨らませます。

iTunesでダウンロードして、移動中に聴いています。

月夜におすすめ。


名古屋市鯱城学園 高年大学②

本日も、鯱城学園・高年大学の授業に行って参りました!

 

1年生文化Bクラス。

前回同様、能楽事始めとして、『高砂』の待謡「高砂や この浦船に 帆をあげて」をお稽古。皆さん、初めはどこから声を出して良いか、戸惑っていましたが、今回の稽古のみで一通り謡えるようになりました。

 

2年生文化Bクラス。

こちらも前回同様、『羽衣』の、ワキ(漁師・白龍)とシテ(天女)の掛け合い部分をお稽古。皆さん、一人二役を楽しんで頂きました。

 

これで、本年分の4コマは全て終了して、計約150名の方をお稽古したわけです。

 

皆さんに共通して言えることは、大変好奇心旺盛で、素直であるということ。少しもカッコつけたところがなく、純粋に物事を吸収しようとする意欲が素晴らしい。

 

子供時代は誰もが素直ですが、とかく大人になると、恥ずかしさやプライドが邪魔して、物事を真っ直ぐ見つめることが出来なくなることが多いと思います。これは、私自身も大いに反省すべきことで、謡をお教えしながら、実は皆さんから私が何かを得ています。

 

私も、高年大学の皆さんのように、還暦を過ぎても生き生きと、素直な人間でありたいと、心から思います。

また、齋藤孝さんの『不機嫌は罪である』を読み直そうかな。


名古屋市鯱城学園 高年大学①

本日、名古屋市鯱城学園・高年大学にて、能の謡の実技の授業を2コマ担当して参りました。

 

2年生文化Aクラスの皆さん。

「名曲『羽衣』を謡おう」と題して、能『羽衣』のシテ(天女)とワキ(漁師・白龍)の掛け合いの部分を団体稽古にてお稽古。

昨年は『高砂』の待謡(まちうたい)「高砂や〜」を稽古して、なんと高年大学の文化祭にてクラス発表をして下さったとのこと。素晴らしいヤル気!これが皆さんの若さの秘訣でしょう。

 

 

1年生文化Aクラスの皆さん。

「『高砂』を謡おう〜能楽事始め」と題して、能『高砂』の有名な一節、「高砂や〜」を団体稽古。一回の授業で、皆さんすんなり習得してしまいました。素晴らしい集中力!これも、「一生勉強」という探究心と、幅広い好奇心のなせるわざでしょう。

 

この授業を担当させて頂いてもう3年目。年1回の授業ですが、これをきっかけに、能を定期的にご覧になるようになったという方もたくさんいらして、能を楽しんで頂き、私としても大変嬉しく思います。

 

ご年配の方が能く、「若いエネルギーを頂いた」というセリフをおっしゃいますが、この高年大学では、若い私が皆さんから熟年のパワーを頂いているような気が致します。

私も、「一生勉強」「死ぬまで現役」で頑張ろうと思います。

また今週末には、別の2クラスの授業を担当致します。楽しみです。