ニューヨーク

今日は久しぶりの休日。大阪にての新作能『王昭君』の地頭、名古屋宝生会にての解説・後見・能の地謡・仕舞の地謡という大仕事が済んで一段落。

ヘルマンリクガメ達をお風呂に入れてやりました。

ええ風呂や。

背中流しましょうか。

 

15分程の温浴タイム。亀の子束子で優しく擦ってやってると気持ちがいいらしく、湯船の中で必ず例のアレをしちゃいます。身体の内外キレイになったところで終了。バスタオル(雑巾)で拭きあげて部屋にもどしてやります。

 


死生観

昨年末から年始にかけて、能楽界や身内も含めて、色々な大事な方が他界され、能のワキ僧ではありませんが、逆縁ながら喪に服して、当ブログの投稿を少し控えておりました。

(能に時々登場するこの「逆縁」という言葉、現在多くは、「子が親に先立つ」ことを指すようですが、本来は、生前に血縁や関係が無かったことを意味します)

 

いよいよ私自身も、これからどんなに長生きしたとしても、人生の半分は過ぎましたので、死生観を少しずつ意識するようになってきました。

人生の大先輩からすれば、44歳の私にはまだ早い、とお思いになるでしょうが、残された人生で、これから何が出来るのかを考えることによって、現在に立ち戻って張り切って生きていくことが出来ると思うのです。

人生の終わりを自覚して、厭世的になるのか、はたまたプラスに転じるのか、それは人それぞれでしょう。

 

18歳の終わりから30歳まで、約12年間宝生宗家2代に亘って(英雄・英照両宗家)住み込みの内弟子修行をさせていただきました。どこの馬の骨か分からぬ、というくらいの私には大変有難く光栄で、今の私があるのはそのおかげ、と思える、感謝してもしきれない素晴らしい期間でしたが、「12年」という年月はあまりに長い時間でした。

(ちなみに、修行開始当時、今の和英家元はまだ小学1年生で、私が独立した時はもう大学1年生!家族同様に生活したわけです)

いつ独立できるのか、先が見えない生活の為、今だから言えますが、やはりダレる時期が有ったように思います。本当の修行というものは、能以外のことに脇目も振らずに集中すれば、長くても5、6年で充分だと思います。芸が身につこうがつくまいが5年でシャバに出される、という危機感を持てば、人間火事場の馬鹿力が出るものです。そして、独立してからが勝負です。

 

本日1月17日は、阪神・淡路大震災から24年とのこと。当時私は、内弟子修行が始まって数年後のことでした。被災した方々は、私とは違って、常に「死」というものを隣り合わせに意識して生活してこられたことでしょう。

 

今、クイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディー』が旬ですが、リードボーカルのフレディ・マーキュリーは、45歳でこの世を去ったとのこと。私も今年45歳になります。フレディと比べるのはおこがましいほど、まだ何も成し得ていない、しかも煩悩の塊である私の場合、いつ死んでも悔いは残り、この世に足跡など何も残さないでしょうが、常に「死」を身近に意識して、毎日今を大事に生きたいと思います。


ボヘミアン・ラプソディー

『ボヘミアン・ラプソディー』、名古屋出張の空き時間に観てきました。

最高でした!役者も音楽の力も素晴らしい!

クイーンを知らなくてもおススメです。

私なんか、ほとんど知らないのに、今日の日の為に年始にオリジナルサウンドトラックをiPhoneにダウンロードして、聴き込んでから臨んだから、より楽しめました。

魂の叫びですね。あんな風に謡も謡えたらいいなあ!


明けましておめでとうございます

本年も、皆様にとって良い年となりますように。


一段落

一昨日、夜能にての能『殺生石』、皆様のご声援のおかげでなんとか無事勤めました。有難うございます。

 

これで本当の一段落。本日は、日帰りで岡崎のお弟子さんの稽古の為に、新幹線車中です。

今月12月15日(土)には、名古屋能楽堂にての

「能楽特別鑑賞会 名古屋公演」(日本能楽会主催)

にて、能『土蜘』の源頼光役がありますので、まだ風邪などはひいていられません。

 

来年は、能のシテを6番勤めさせて頂きます。一つ一つ丁寧に勤めますので、来年以降もご声援・ご来場宜しくお願い致します。曲目・会場・日程などは、また改めてお知らせ致します。


0.6段落

11月18日の能『大會(だいえ)』のシテは、おかげさまで無事済み、昨日、一昨日の「満次郎の会」にての、新作能『オセロ』デズデモーナ役と、能『安宅 延年ノ舞』の山伏役も済み、やっと一段落、とまではいかない、約0.6段落しました。

 

本日は、文化庁承りの小学校巡回公演にて、神奈川県の二宮に団体バスにて向かっています。能は前回同様『黒塚』。私は、今回は地頭を勤めます。

 

そして、今週金曜日(11月30日)の夜能(宝生能楽堂)にて、能『殺生石』のシテを勤めれば、本当の一段落。今月は、遂に誕生日以外休みがありませんでした。自慢でもなんでもありません。ただ、仕事を仕事だと思わないでやっている向きがあるので、充実はしているのです。

もちろん家族とゆっくりしたいという気持ちはありますので、毎日極力早く帰宅して、家にいる日は必ず朝食だけは共にするようにしていますし、月4日ほどの自宅(飛鳥舞台)にてのお弟子さんの稽古日は、わずかの休憩時間に家族と犬のようにじゃれ合うのです。

 

数日前にやや体調を崩しかけましたが、何とか持ち直しました。『殺生石』に向けて、充実した舞台をお目にかけられるように精進します!


44歳に

44歳になりました。

お心のこもったプレゼントを頂き、心が温かくなりました。ありがとうございます。

 

今日だけは、何があろうと予め休みを死守していました。

朝から、運転免許の更新(ゴールドです!)に行き、帰宅してからは溜まった事務作業(殆ど進みませんでしたが)。

そして今週から月末にかけて、『大會』のシテ、『安宅』のツレ、『オセロ』のデズデモーナ、『殺生石』のシテ、と役が立て続けですので、それらに備えて近所の整体に行き、身体を整えて準備万端。

 

44歳も、身体を第一に考えて、良い舞台の為に頑張りたいと思います。


再び罪を背負って生きるのです

今朝、名古屋から帰宅し、昼食のみ妻と頂いたのも束の間、只今は川村学園女子大学に、2コマの授業の為向かっております。

最近、老いも若きも、本当にリュックサックを背負っている方が多くなりましたね。

2011年3月11日の東日本大地震の1週間後、私は即座にリュックサック(TUMI製)を買い求め、当時、東京芸大の助手をしていた為、スーツ姿にリュックで上野の森に通いました。

2011年5月17日当ブログご参照

 

まだ当時は、スーツにリュックの組み合わせは極少数派で、能く違和感を指摘されましたが、なんのそので闊歩していました。

今となっては当たり前の格好。むしろオシャレなのでしょう。スマホが普及して、手が空くのが便利であることも一因のようです。

私自身は、助手の任期終了後はしばらくリュックは封印していましたが、最近心境の変化あり、再び陽の目を見ることになりました。

今日もスーツにリュック姿ですが、やはり楽ちん!7年ほど前のように、人から嘲笑されることもなくなりましたので、堂々としたものです。

TPOさえ気を付ければ、快適なリュック生活が再び始まり、なんだか足取りも軽くなります。


大人になった女子たちへ

朝日新聞の、「大人になった女子たちへ」という、漫画家の伊藤理佐さんのコラムを時々楽しみに読んでいます。

今朝の寄稿はなかなかに、私の普段思うところに相通じて、共感と同時に改めて考えさせられました。

伊藤さんがラジオで偶々聴いた、という言葉を大まかに抜粋すると、

 


歌というのは、理解した人が歌うとエグイ。

逆に、理解していない人が歌うと、せつなかったり泣ける。

悲しい歌は「悲しい顔」で歌うとダメで、逆に「笑顔」で歌う。

(※和久注、「エグイ」はこの場合、若者言葉で使うときの良い意味ではなく、おそらく本来の意味の「アクが強い」かと。)


 

このことは、能の表現にも通じると思います。もちろん、我々職業人は、曲の時代背景や言葉の意味、登場人物の心情などを能く理解した上で舞台を勤めるべきだとは思いますが、それを生のまま舞台に乗せようとすると、嫌味になったり、お客様が違和感や嫌悪感を感じたりします。

悲しい場面で、役者が悲しそうな声を出したり、囃子方で言えば悲しそうな掛け声を掛けたり、という、単純表現を喜ぶお客様もいらっしゃるとは思いますが、能の目指すところはそこでは無いのです。

私自身も、実は他流派(当流のことも!)の舞台を忍んで観に行く(もちろんチケット代を払って)ことが時々ありますが、表現が押し付けがましかったり、泣かそうとしたりする意思が見えると、「サーっ」と潮が引くように興醒めしますので、自分への戒めとして受け取ってお土産に持ち帰っています。

まあ、最終的には役者・お客様共に、人それぞれの「志向」だとは思いますが。


来年に向けて

この夏、初めて自分専用の装束を作りました。

「箔(はく)」と通称する、女性の役専用の着付け。

 

拡大写真。「七宝繋ぎ」という、定番の紋様です。

 

装束としては、それほど高額のものではありませんが、能楽師人生で初めて自分で作った装束。感激です。他流の同世代の仲間は、装束のみならず面(おもて。能面のこと)までも、早いうちから皆自分で少しずつ手に入れていて感心していますが、宝生流は、家元以外は面・装束を持たない原則があり、演能の際には(もちろん有料で)拝借できますので、収集の必要がなく、大変恵まれています。

しかしその昔は、直接身につけて汗になる「着付け」や「鬘」くらいは各役者が自前で用意したとのこと、私もそれ位は持とうと20年ほど前から考えており、毎年赤字の家計ですが、夢実現のために別にそれ専用の貯金をしてきました。なかなかお金が貯まらなかったのもありますが、来年、やっと「箔」を使う役(12月14日土曜日 五雲会『班女』宝生能楽堂、12月22日日曜日『羽衣』横浜能楽堂)をいただいたので、この夏に購入を決めたのです。

『班女』と『羽衣』の装束は、いずれも着付けがはっきりと表にでる着方。『班女』は後シテで片袖を脱ぎ、『羽衣』は両袖を露わにして登場します。私は、身長のわりに手が長く、拝借する装束ではつんつるてんになり、見栄えが良くありません。そういうこともあって、念願だったのです。

着物でもそうですが、仕立てて直ぐに使用するのは良くありませんので、1年半程箪笥で寝かせて落ち着かせてからデビューさせます。楽しみです。

次は、自分専用の「鬘」を作るために、新たに貯金を始めます。